第50話 望まぬ再会
日がだいぶ傾くまでショウゾウは魔法院の書庫で過ごした。
このイルヴァース世界のこと、そして魔法のことなど自分に必要と思える事柄を拾い読みし、思索に明け暮れた。
やはり闇の魔法に関する記述は不自然なほど無く、そのことについて得られた情報はほとんどなかった。
「まあ、
わからないことが、わかったことも収穫であるし、なによりあの≪魔導の書≫が提示する内容を読み解き、誤った方向へ振り回されぬための知識は得られているのだから。
それに闇の魔法については≪魔導の書≫に聞けばいい。
あの革帽子の男だと思しき、魔導神ロ・キもそう言っていた。
「魔法を得たければ、人ではなく≪魔導の書≫を頼れ」
実際にこの魔法院で得られる魔法の種類は≪引き水の賢人≫ヨゼフと≪新緑育む手≫エリエンの二人が知る者に限られている。
魔法使いは、その契約した魔法の全てを使うことができるようになるが、その契約可能数には限りがあるようだ。
その限界がいくつであるのかは、魔法適正やその者の持つ才覚に左右されるらしいのだが、それを知る術は今のところ分かっていない。
ヨゼフによれば、並の魔法使いであれば二十前後、優れた素質を持つ者でもせいぜいその倍程度が限界だという。
多くの魔法使いがその現象について研究しているが、解明は進んでいないのだとか。
契約数が明らかになっていない以上、無駄に魔法の数を増やすのは得策ではないと考え、≪
しっかりとした基礎と魔法の知識を今は身に着け、その後、より高位の魔法を契約するつもりでいたのだ。
魔法院での調べ物を終え、宿に戻ったショウゾウを尋ねて来た者がいた。
それはショウゾウが、このオースレンに初めてやって来た時に、世話になった門番のサムスであった。
「爺さん! やっぱりあの時の爺さんだ」
宿の建物に入ろうとしたその時に背後から声をかけられた。
サムスは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべ、こちらに歩み寄って来た。
「はて? どちら様であったでしょうか……」
ショウゾウはそう言ってとぼけてみせたが、サムスは食い下がり、自己紹介をしながら、あの夜の出来事を人目もはばからずに大きな声で話し始めた。
あの火事のことはもう蒸し返されたくはない。
通行人の注目を集め始めたことに気が付いたショウゾウは仕方なく相手をすることにした。
「ああ! 思い出しました。あの時の親切な門番さん。その節は大変お世話になりました」
ショウゾウは内心で苦虫をかみ殺しながら、笑顔で頭を下げた。
「爺さん、あれから冒険者になって凄い活躍らしいな。ショウゾウって名前も思い出したんだろ。ギルドに行って聞いてきたぜ」
こやつ、ギルドにまで行ってきたのか。
何か疑っていることでもあるのか?
「あの宿、火事になっちまっただろ。俺が連れて行った宿だったから、責任感じてしまってさ。しばらく落ち込んでたんだが、ふと、とんでもない高齢の新人冒険者の話を耳にして、それで確認に行ったんだ。いやぁ、本当に生きてくれていて良かったよ。何せ、あの大火事だろ。どうやって助かったんだ。俺が駆けつけた時には黒焦げの遺体がいくつも見つかって、その中のどれかが爺さんなんだと思い込んでしまっていたんだ」
さきほどまで魔法院でエリエンたちと話していい気分だったのが急に陰り始めた。
あれほど時間がたったのに、しかも大した縁というわけでもないのに。
お節介にも自分を嗅ぎまわり、わざわざこんな場所までやってきたりする。
しかも本人は、その相手の迷惑がっていることなど気にも留めていない風だ。
こういう人間が一番厄介だ。
善人であると思い込み、おのれの
「いや、老人というのは深夜に徘徊してしまうもの。儂も戻った時には火事になっていて、恐怖のあまり逃げ出した次第。いや、門番さんもお元気そうでよかった」
「ああ、俺はこの通りだ。家族もみんな元気だし、巷で流行りの≪
歯を見せて笑うサムスに、ショウゾウは「お前の家族のことなど聞いていない」と内心苛立ちながらも平静を努めた。
「あの時の御恩を今ならば返すこともできそうです。どこか行きつけの店などありましたら、そこで少し飲みませんか? 今日は、儂の奢りですじゃ」
ショウゾウにそう誘われたサムスは再三遠慮する振りをしながらも、話に乗って来た。
こんな場所までやって来て、しかも誘いに乗る辺り、何か他に目的でもあるのか。
門番は治安を担う都市の役人。
さらりと≪
いずれにせよ、このような輩にいつまでも付きまとわれては面倒だ。
ショウゾウは、機を見計らい、いずれサムスを始末しようと心に決めた。
ショウゾウは、サムスに案内され、西地区のこじんまりした酒場に向かうことになった。
そこは≪交わす
臓物と肉の煮込みが名物で、実際に食べてみたら確かに美味かった。
酒を酌み交わしながら、サムスの家族自慢に相槌を打ち、その煮込みを頬張っていると、まじまじと見つめてくるサムスの視線に気が付いた。
「爺さん。いやショウゾウさん。あんた、随分と持ち直したんだな。はじめて会った時のあんたはひどく疲れている様だったし、とても不安げに見えた。だが、今のあんたは十は若返って見えるし、自信に満ち溢れている……」
「ははあ、それはおかげさまで……」
「それに比べて俺の方はぐったりさ。例の≪
「それは……大変でしたな。儂のような年寄りには≪
「ははっ、違いねえ」
サムスはかなり酒が回ってきた様子で、普段よりもさらに馴れ馴れしい様子で肩に手を乗せてきた。
これまでの会話からは、こちらを探る素振りは無く、ただ誰かに愚痴を言いたいだけであるように見えた。
「それで……、その≪
「いや、門番から衛兵に配置替えされた仲間の話では、さっぱりだそうだ。治安を取り仕切っているギヨーム様が高名な祈祷師を呼んでこの街の災いを祓わせたらしいが、まるで効果が無く、毎日いらだった様子であられるとか」
「ギヨーム様?」
「ああ、そうか。ショウゾウさんはよそから来たから知らないんだな。領主さまの二番目の御子息だよ。勇猛で、腕っぷしに優れているが、気性が荒く、すぐ乱暴狼藉を働くんだ。おっと、これはここだけの話にしておいてくれよ。門番もギョーム様の管轄なんだ」
領主には、ルカという息子の他にもう一人いるのか。
なるほど、このお節介男も向こう側の事情を知るのには役に立つかもしれん。
殺すのはもうしばらく待とう。
いずれにせよ接点ができた直後に始末するのは、自ら疑いの目を集めるようなもので、まずい。
少し前から給仕に頼み、自分にはほぼ水を、サムスには濃い蒸留酒の水割りを持ってこさせていた。
サムスはもう焦点が怪しくなってきていて、尋ねたことに何でも答える状況であったが、もう少し前後不覚になってもらうつもりであった。
「さあ、もう一度乾杯いたしましょう。夜はまだ長い。まだまだ、これからですぞ」
ショウゾウは、
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