第49話 闇の魔法
翌日、ショウゾウは、太陽が高くなるまで寝台から出ようとはしなかった。
目が覚めても、再び目を閉じ、惰眠を貪る。
還暦まで若返ったことで、少し体質が変わったのか。
老境の淵にあった以前より長く、深く眠れるようになったようだ。
この異世界にやってくる前は、眠りに落ちてもすぐ目が覚めてしまい、何度もトイレに行かねばならなかった。
夜遅くまで起きていても、日の出ごろにはすっかり眠気が去ってしまい、仕方なく床から出たものだ。
窓の外がだいぶにぎやかになった時間帯で、ショウゾウはようやく起き上がり、身支度を整え始めた。
いつもの魔法使い然とした落ち着いた色のローブを着て、最近伸ばし始めた髭を整える。
そして、宿の食堂で腹ごしらえを済ませると、冒険者活動が休みの日の日課になりつつあるのだが、「魔法院」へと足を向けた。
途中、屋台でオースレン名物の焼き菓子を小さなかご一つ分購入し、それを手土産にした。
魔法院の院長である≪引き水の賢人≫ヨゼフは甘いものに目が無く、生徒である子供たちもこの焼き菓子が大好物であるようだった。
「あら、ショウゾウさん。ダンジョンから戻られてたんですね」
魔法院に着いて最初に声をかけてきたのは、ヨゼフの弟子であり、この魔法院唯一の教師である≪新緑育む手≫エリエンだ。
ヨゼフとは血縁でもあるらしい。
命魔法と水魔法の二属性の適性持ちであるらしく、ショウゾウも命魔法の手ほどきを受けた。
二十歳前後に見えるが、それよりも一回りは上の年齢らしい。
潤沢な≪
長い銀髪が美しく、その控えめで落ち着いた立ち居振る舞いがどことなく大和撫子を彷彿とさせた。
「昨日、戻ったばかりですじゃ。エリエンさん、もし良かったらあとで皆でこれを……」
ショウゾウは手に持っていた竹籠のようなものに入った焼き菓子をエリエンに手渡した。
エリエンはいつもすいませんと頭を下げてそれを受け取ると、ショウゾウを魔法院の中に招き入れてくれた。
どうやら授業は、≪引き水の賢人≫ヨゼフが行っていて、エリエンは非番の日だったようだ。
「若いということは素晴らしいものですな。子供たちの目には夢と希望が満ち溢れておる」
教室でヨゼフの話を真剣に聞く様々な年齢の子供たちにショウゾウは目を細めた。
「本当にそう思いますわ。私は子供が大好きで、子供たちに魔法を教えるのが生きがいなんです。あっ、この話は前にもしましたよね。ごめんなさい」
「いやいや、同じ話を何度も新鮮な気持ちで聞けるのが儂ら年寄りの特技でしてな。それにエリエンさんの透き通るような美しい声であれば儂は百回でも同じ話を聞きたいですぞ」
「いやだ、ショウゾウさんたら」
エリエンと話していると本当に和やかな時が流れているのを感じる。
ヨゼフが授業の日で、本当に運がよかった。
「そういえば、ショウゾウさん。
突然、とりとめのない会話の中で何かを思い出したかのようにエリエンが聞いてきた。
エリエンの口からその話題が出たことをなぜか残念に思う自分がいることに戸惑いながら、ショウゾウは努めて平静を装った。
「ふむ、今、巷を騒がせているという例の病ですな。人が突然何歳も老いて死ぬという……」
「ええ、実は昨日、城からその流行り病について調べているという方々がやってきて、私と院長が質問攻めに遭いました。人を老化させる魔法は無いのかと……」
「城から……、それで?」
「失礼にもほどがあると院長先生が声を荒げるようなことにもなったのですが、当然の如く、そのような魔法は存在しません。太古の昔に失われた闇の魔法ならばあるいはとも思いましたが、そのような話をしても疑いを深めるだけ。ただでさえ、私たち魔法使いを快く思わない者たちが今なお根強く残っているのですから」
エリエンは流石に少し怒った様子だった。
よほど昨日のその尋問がしつこかったのだろう。
それにしても闇の魔法とは……。
アンザイルが儂の≪魔儀の書≫の表紙の色を見て、≪闇≫属性の適性者だと言っていたが、
儂の属性素質は、火、地、命の三つだったはずだ。
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