第48話 災いの種子
このオースレンを統治する領主側の人間が、動き出している。
領主の息子ルカ。
この一連の連続不審死を疫病によるものなどではなく、事件と位置付けており、部外者である冒険者を雇い入れるなどの力の入れようだ。
どのくらいの規模で調査するつもりなのかはわからないが、より一層の注意が必要であろう。
いつから調査を開始し、何を、どれくらい掴んでいるのか。
それは権力からほど遠い儂の様な一住民には知る術もないが、現時点でやれることは限られている。
それを粛々と機械的に行っていくだけだ。
酒場を出たショウゾウは路地裏に入ると、≪老魔の指輪≫をその指から抜き、老いさらばえた姿から、六十歳前後の今の自分の素の姿に戻った。
それはスキル≪オールドマン≫により取り戻すことができた過去の自分。
だが、より若く、力に満ち溢れた己を取り戻すにはさらに狩りを続けなければならない。
若さへの渇望がショウゾウを強く突き動かしていた。
例え、取り締まりが強化され、周辺を嗅ぎまわる人間が増えたとしてもやめるわけにはいかなかった。
これまで以上に慎重かつ大胆に。
そして用心深く、狡猾に。
もし
だが、儂とマルセルが会ったその直後から、謎とされている連続不審死が、はたと途切れてしまったとしたらどうだろう。
勘の良い者ならば、万が一にも儂に疑いの目を持つやもしれぬ。
しばらく沈静化を待つのは良いとしても、少なくともそれは今日からではない。
六十代前半の風貌になったショウゾウは、まだ幾分賑やかさが残る繁華街を出て、同じ東地区のねぐら代わりに使っている宿屋とは少し違う方向に向かって歩き出した。
この辺りは比較的治安も良く、民家も多い。
途中、同じ路地を何度も行ったり来たりして、自身に尾行が付いていないことを確認すると、民家と民家の間の人気のない通りに足を踏み入れた。
もう深夜と言っても良い時間であったし、辺りは静まり返り、人影はほとんどない。
ショウゾウはその住宅地の中にある衛兵の
この手の衛兵詰所は各地区の人口密度に応じて、オースレンの各所に点在している。
ショウゾウは、朝の散歩や夜徘徊している際などに近所のこうした詰所の位置を確認しており、この場所も遠目から何度も見ている。
いつの日か、様々な必要が生じる可能性を考えて、それとなく気にはしていたのだ。
詰所と言っても、元にいた世界の交番のようではない。
どちらかというと時代劇などで見る番屋のようなものに近い。
三、四人がそこに詰めているようで、巡回に出ている者以外に常駐者は大抵一人か二人いる。
深夜は仮眠をとっていることも多いようだが、今日は明かりがついていて、誰かいるようだ。
ショウゾウは、極力、足音を立てぬように近づき、石壁の粗末な建物に近づいた。
灯りは点いているが、話し声は聞こえない。
そっと覗き見ると、椅子に腰を掛けた衛兵が舟を漕いでいた。
目は閉じたまま、体を前後に揺らし、今にも椅子から転げ落ちそうだった。
テーブルの上には酒が入った杯があり、その他には喰いかけの干した果実があった。
ショウゾウは、そのままそろりそろりと衛兵の背後に周り、口を塞ぎ、羽交い絞めにすると同時にスキル≪オールドマン≫を発動させた。
「うっ、ううー!!!」
眠りこけていた衛兵は、目を剥き、鼻の穴から激しい吐息が何度も吹き出したが、それもまもなく穏やかになり、振りほどこうとする力も一気に弱くなった。
衛兵の髪はあっという間に白くなっていき、掌に感じる肌と唇の質感が滑らかさを失っていく。
そして、息絶えた証拠にスキル≪オールドマン≫の不気味な光が消え、衛兵の体は床にずり落ちた。
ショウゾウは口元に手をやり、衛兵の死を再確認すると、速やかにその場を去った。
前回、衛兵を二人殺めた時は、やむを得ずのことだったが、今回は、意図的に衛兵を狙った。
その狙いは、権力者側、嗅ぎまわろうとする者たちへの警告と牽制、そして
お前たちも標的になり得るのだぞというメッセージ。
それにより、巡回する衛兵たちも自分たちの護身を考慮せねばならなくなるであろう。
詰所の警備も増強せねばならないし、今は二人体制で巡回しているのを増員することも考えるかもしれない。
そうなれば必然的に、人員不足に陥ることになるであろうし、増員が見込めないなら詰所の数を減らすしかなくなるであろう。
増員したらしたで、より多くの財源と規律が必要となる。
そうなれば長期間にわたって、その警備体制と調査を続けるのが困難になるのではないか。
今までは、物乞い、売春婦、チンピラなどを主な標的としてきたが、衛兵やその他のの犠牲者が増えることで捜査をかく乱することもできよう。
その動機、殺害方法、犯人像などのいずれかが明らかにならぬ限り、後期高齢の新人冒険者ショウゾウに辿り着くことは決してできないだろう。
そのために、素の状態で狩りをしているのだ。
もし仮にこの姿を見られたとて、三十歳近くも若返った今の儂と、≪老魔の指輪≫により老人化した儂を同一人物だと思うことなどまず無い。
そしてもう一つ狙いがあった。
それは、種をまくことだった。
領主に対する民の不信と疑念を花開かせる災いの種子を。
その種が腐らず芽吹くのか、今はわからぬ。
だがもし、思惑通りにことが運べば、それは必ず儂に有利に働くことだろう。
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