第47話 冒険者の格

赤の烈風……マルセルと言ったか。


まさしく風のように現れ、風のように去っていったが、あの風は儂に如何なるものを運んできたのだろうか。


マルセルの話を信じるのであれば、オースレン領主の息子ルカが、スキル≪オールドマン≫による連続不審死に興味を持っているとのことだった。


しかも、マルセルは事件という言葉を使っており、どうやら領主を取り巻く者たちの間では、少なくとも老死病ろうしびょうなどといった迷信まがいの奇病ではないと考えられている可能性がある。


やはり、衛兵を二人、殺したのがまずかったのかもしれぬ。


声をかけられ、やむを得ない状況だったとはいえ、できれば都市の権力者に連なる者を殺めたくは無かった。


領主自身が積極的に動き出したのか、それともそのルカという息子の独断によるものか、いずれにせよ用心せねばなるまい。


偶然にせよ、事前に知ることができて良かった。


ショウゾウは、カップに残ったぬるい麦酒の残りを飲み干し、そろそろ席を立とうかと考えた。


酒に慣れてないエリックは、有名人であるらしいマルセルと会った喜びで己の酒量の限界を誤り、テーブルに突っ伏して寝てしまったし、レイザーもいい加減お開きにしたそうな気配だった。


だが、そうしたショウゾウの挙動を読んだのか、それを言い出す前にレイザーが独り言のように呟いた。


「マルセルの奴には気を付けた方がいい。そこいらの衛兵なんかと同じに考えると痛い目に遭う……」


「ふむ、それほどの男か?」


「ああ、あいつは俺やマシューなんかとは別の次元にいる。だから、俺たちのパーティを辞めて出ていった。実力もさることながら、はるか先を見据えていたんだ」


「……少し聞かせてもらえるか」


「……俺たちはこのオースレンよりもずっと小さな町の冒険者ギルドで出会った。もう三十年近くも昔の駆け出しだった頃の話だ。意気投合し、パーティを組むことになったんだが、ほんの二年ほどでマルセルが突然辞めたいと言い出したんだ。別に仲が悪くなったとか、分け前で揉めたとかじゃなかった。あいつの急成長に俺たちが付いていけなくなった。その頃のあいつはより難易度が高い迷宮の攻略を志していて、『史上二人目のS級冒険者になる!』というのが口癖だったんだ」


ショウゾウは蒸留酒の水割りを二つおかわりし、片方をレイザーの前に置いた。


「マシューと二人で前衛を務めていたが、その実力はどんどん開いていった。当時でも相当な腕だったから、今はきっとそれ以上だろう。B級冒険者というのは、B級ダンジョンの主の討伐したという記録が冒険者カードに記録されていなければなることはできない。ショウゾウさんも肌で感じたと思うが等級がひとつ跳ね上がると、そこに出現する魔物の強さは跳ね上がる。最初にG級でやった時みたいに、魔物の自由を奪い、トドメをさすばかりにっていうような芸当はB級ではまず不可能なんだ。つまりあいつは、B級のボスモンスターと対峙し、その息の根を止めるほどの力を持っているということなんだ」


ショウゾウの目には有能であるように映るレイザーがD級冒険者止まりだったのは、その知識や補助的な非戦闘技術は評価されずに、純粋な戦闘能力が劣っていると見做されていたからというわけか。


「なるほどな。だが、それならおぬしたちもB級のパーティだったのだろう。さほど差が無いように思うが……」


「はは、それには少しからくりがあってな。パーティのランクを上げる方法があるんだ。パーティのランクがどうやって決まっているかは知っているか?」


「いや、知らんが……」


「パーティのランクは、迷宮の攻略実績の積み重ねで決まる。つまり、冒険者ランクと違って、自分で倒す必要は無いんだ。≪鉄血の絆≫は、他のパーティに同行させてもらう形でランクを上げるための上位迷宮の実績を稼いでいた。マシューの≪鑑定≫は希少スキルで、冒険者ギルドに持ち込むことなく、アイテムの品定めができることから同業者にとても重宝されていたんだ。マシューの奴も鑑定料を銅貨一枚もとらなかったから、しょっちゅうお呼びがかかっていたというわけさ」


「無料か。しかし、どうしてそこまでしてランクを上げたかったのだ? 何か旨みでもあったのか」


「まあ、無いこともないが、これはマルセルに対しての俺たちの意地のようなものだったんだ。≪鉄血の絆≫を捨てて出て行ったやつには負けたくないという子供じみた意地。実力以上の迷宮についていくわけだから、当然、怪我も増えるし、経費もかさむ。おかげで懐具合はいつも、かなりひっ迫していたんだ。マルセルに出て行かれてから、マシューたちは少しずつ人間が変わっちまった。地に足がつかず、上ばかり見るようになっていったんだ」


「なるほどな。だが、そのマルセルとやらは冒険者として成功し、おぬしらは紆余曲折を経て、儂が出会ったあの≪鉄血教師団ティーチャーズ≫になり果てておったというわけか」


「なり果ててなんて、酷い言い方だな。だが、返す言葉もねえ。B級のパーティにはなれたものの、個々はC級以下だったし、口の悪い奴らからは≪麗魚れいぎょの糞≫なんていうありがたい二つ名まで頂戴する有様。蓄えも無かったし、歳をとって、より足手まといになると≪鑑定≫要員としてもお声がかからなくなった。路頭に迷った挙句に……まあ、この後はあんたの言う通りだ」


「……いい話を聞かせてもらった。レイザー教官のおかげで冒険者の格付けに少し詳しくなりましたぞ」


ショウゾウはお道化どけて、そういうと≪魔法の鞄マジックバッグ≫から銀貨を三枚取り出し、テーブルに置いた。


「おい、いくら何でもこんなには飲み食いしてないぞ」


「いや、もしよかったらエリックの奴を宿まで連れて行ってくれ。お釣りはその迷惑料だ。近頃、物騒だからな。頼んだぞ……」


ショウゾウはそのまま不敵にニヤリと笑い、背を向けた。


「アンタもな、ショウゾウさん。夜遊びは怪我の元だぞ」


酒場から出て行くショウゾウの背中を見ながらレイザーは、小声でそう呟いた。






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