第46話 赤の烈風

受付嬢のナターシャに勧められた通り、ショウゾウはギルド併設の酒場でレイザーとエリックをねぎらうことにした。

命がけの仕事をした後、こうして仲間と酒を酌み交わすのも悪くはない。


「僕みたいな新入りが、ショウゾウさんよりも多く取り分もらっちゃって、本当に良かったんですか。しかも夕食まで奢ってもらうなんて……」


「若い者がそう気など使うものではない。それにこういう時は年長者が奢ると相場が決まっておるもんなんじゃ」


「ははっ、それは一体どこのどいつが言い出した話だ? そんなルールが本当にあったなら、ショウゾウさんみたいな年寄りはあっという間に破産しちまうな」


ショウゾウたちはそれぞれ頼みたい料理と酒を注文し、迷宮内での極度の緊張をほぐそうとしているかのように、大いに食べ、大いに飲み、大いに語らった。


オースレンの近くには湖もあり、肉も魚もメニューにはあるが、どれも薄味で正直、物足りないがようやく少し慣れてきた。

酒は割と前にいた世界に近いものもあり、蒸留酒などは水と果実の汁で割りさえすれば、結構いける。


冒険者になる以前の記憶がほとんどないということになっているショウゾウは、他の二人の話の聞き役に回り、さらに周囲の様子を目ざとく観察していた。


受付嬢のナターシャは、老死病ろうしびょううわさのせいで売り上げが落ち込んでいるといった話をしていたが、それでも夜が深まるにつれ、次第に席は埋まり始めた。


さすがは命知らずの冒険者たちとでも言ったところであろうか。


特に疫病の類を恐れている風には見えず、そのような辛気臭い話をしている人間も少ない。

中にはふざけて、「老死病ろうしびょうをうつしてやるぞ!」などという冗談をとばす無神経な輩もいた。

その瞬間、店内が一瞬静まり返ったりもしたが、そのあとヤジや物がその不心得者に飛んでくるなど、深刻さは微塵も感じなかった。


それもそのはず、どうやら老死病ろうしびょうは貧民街や売春宿などがある限られた一画で流行っているというイメージらしく、自分たちには無縁だという認識の者が多いようだった。


酒に酔ったレイザーが下ネタを連発するようになり、それを聞くエリックが目をつぶり始めた頃、ショウゾウたちのテーブルに近づいてくる者がいた。


「レイザー!やっぱりレイザーじゃないか」


そう言って、勝手に空いていた席に腰を掛けたのは、年の頃はレイザーとほぼ同年代くらいで、四十の半ばを少し過ぎたくらいの男だった。


明らかにその辺の冒険者とは異なる、目立つ赤を基調とした金属鎧を身に着け、腰には意匠が凝った鞘に納まった長剣を佩いていた。


魔法使いになったショウゾウの目にはそれらが帯びる≪魔力マナ≫が見えており、剣も鎧もなんらかの魔法の力が秘められているのだろうと推測できた。


≪引き水の賢人≫ヨゼフに聞いた話では、失われた古代の技術であるらしいが、ショウゾウの持つ≪魔法の鞄マジックバッグ≫のように、かつては様々な物に魔法の特殊な効果を付与することが可能であったらしい。


今でも迷宮内のドロップ品として稀に入手可能で、買取の際にとんでもない値が付くという話だ。


「レイザー、知り合いか?」


一気に興が醒めた様子のレイザーにショウゾウは尋ねた。


「……昔の仕事仲間だ。とは言っても、それほど長い期間ではなかったが……」


「やあ、皆さん。私はマルセル。B級の冒険者だ。よろしく」


マルセルと名乗った男は、レイザーの嫌そうな顔など気にする素振りも無く、明るくそう挨拶すると、通りがかった給仕に四人分の麦酒を持ってくるように注文した。


「マルセル、このオースレンに何の用で訪れた? ここはお前の様な奴が来るような街じゃないだろ。お仲間も一緒か?」


「レイザー、久しぶりにあったというのに随分なご挨拶じゃないか。最後に会ったのは君らのパーティを辞めて、それからさらに十年以上たってからだから、……それでもかなり大昔だな。昔から老け顔だったから、遠目にもすぐに分かったぜ」


「……何の用で来たのかと聞いているんだ?」


二人の間にどのような因縁があるのかわからなかったが、レイザーはいつになく気が立った様子で、表情も硬かった。


「オーケー、わかったよ。仕事さ。ある人の紹介で、ここの領主の下でしばらく仕事をすることになったのさ。御子息のルカ様の護衛というか、まあ子守りみたいな感じかな。仲間は連れてきていない。と、いうより≪赤竜の牙≫はもう解散したんだ」


「解散? あの≪赤竜の牙≫がか」


「≪赤竜の牙≫! 駆け出しの僕でも聞いたことありますよ。A級の有名なパーティですよね。ということは、あなたは……≪赤の烈風≫マルセル!」


マルセルは給仕が持ってきた麦酒に口をつけ、話を続ける。


「ああ、どうも。解散したのは、つい最近のことさ。このオースレンからもそれほど遠くない場所で、未攻略の迷宮ダンジョンが新たに発見されて、それに挑んでみたんだが、ひどい目に遭ったよ。パーティメンバーの半分がやられてしまって、活動が継続できなくなった。俺もいい歳だし、それなりの貯えもできた。そろそろ迷宮潜りは卒業しようということになったのさ。そういう君は、見たところ元気そうだが、マシューたちはどうした? ≪鉄血の絆≫も解散したのか?」


「マシューたちは死んだよ。残ったのは俺だけだ」


「そうだったのか。少し無神経だったな。こちらのご高齢の方は、君の御父君か? そちらの若い人は……息子さん?」


「なんでそうなるんだ。れっきとした仲間だ」


「なんと! そうか、それじゃあ、まだ迷宮攻略を続けているんだな」


マルセルは嬉しそうにレイザーの肩を叩いた。


「ああ、わかったらもう行け。俺たちは大事な話があるんだ」


レイザーの有無を言わせないような目に、流石に観念したのか、マルセルは木製ジョッキの麦酒を一気に飲み干すと席を立った。


「まあ、俺たちの間には色々あったが、もう大昔の話だ。水に流してもらえるとありがたいな」


「……お断りだ」


「出直すよ。当分この街にはいるつもりだし、今度は二人で飲もう。それに仕事の件でも色々と力を借りなきゃならん、かもしれん。雇い主のルカ様曰く、このオースレンで起こっている連続不審死事件の真相を突き止めたいんだとさ。俺よりはこの街にに詳しいんだろうし、何かいい情報があったら、教えてくれ。それじゃあ、またな」


マルセルは、ショウゾウとエリックに軽く頭を下げると、逃げるようにその場から去っていった。


「くそっ、あの野郎。飲み逃げしていきやがった」


レイザーが苦々し気にそう呟いた。




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