第53話 悪神の問い

魔法とは、すなわち魔の法であり、その神髄は闇の魔法にある。


光、地、水、火、風、命。


現在普及しているこれらの系統の魔法は本来、闇の魔法から派生したものに過ぎず、全ては魔導神ロ・キから、その眷属神たる魔法神に分け与えられた不完全で下等な魔法に過ぎない。


それゆえに闇の魔法はすべての属性を備え、万能なる力を有する。


闇光、闇地、闇水、闇火、闇風、闇命。


闇の魔法を授かりし者はこれらすべてを自在に操ることができるであろう。



これは革帽子の男から授かった≪魔導の書≫による闇の魔法に関する説明の序文である。


D級ダンジョン「悪神の問い」に再挑戦する予定日の前夜、その攻略のための切り札にならないかと、ショウゾウは意を決して≪魔導の書≫に闇魔法について尋ねてみた。


この≪魔導の書≫には、何者かの意図、あるいは、自分を思い通りに誘導しようとでもするかのような直接的な意思のようなものを感じていたため、できるだけ頼りたくは無かったのだが、魔法院では闇魔法に関する知識を得られそうも無いと悟ってしまった以上、やむを得ない選択であったのだ。


情報の取捨選択をおのが意思で行い、鵜呑みにせぬようにしなければならん。


ショウゾウはそう気を引き締めて、闇の魔法についての記述を読み進めていった。



官僚時代に身に着けた速読法で、おおまかに斜め読みをし、その内容のあらましを掴んだ後、ショウゾウは落胆した。


結論から言うと闇魔法を使用する方法は、あった。


だが、その闇魔法には大きな制約があり、とても迷宮攻略に役立てることなどできそうもない深刻な問題が存在していたのだ。


『何人にも闇の魔法の存在を知られてはならない。闇の魔法は失われし過去の遺物。闇魔法の使い手の存在は、すなわち追放されし神ロ・キのイルヴァースへの関与を忌むべき者どもに知らしむることになる。その者どもは、闇魔法の使い手を決して許さぬであろう。闇魔法の実在の発覚は、その秘匿を怠った者を必ず破滅に導く』


このような警告めいた文言がくどいくらい何度も闇魔法にまつわる文章中に現れる。

ただの脅しである可能性もあるが、それをわざわざ試してみることで得られる利点は何もない。


忌むべき者ども。


これが何者を指す言葉なのかはどこにも書かれていなかったが、とにかく魔導神ロ・キをこのイルヴァース世界から追放し、今なお敵対する存在が複数いるのだということは推測できる。


そして、その者たちに闇の魔法の存在を知られることは、魔導神ロ・キのみならずショウゾウ自身にも深刻な災いをもたらすのだということを、≪魔導の書≫は繰り返し警告してきているのだ。


だが、使うなとはどこにも書かれていなかった。


闇の魔法の存在の秘密を守り、それをひけらかすような愚を犯さなければ、使っても良いという意味にもとれる。


単独行動中の使用のみに限定し、闇の魔法の行使を目撃した相手を必ず殺すことで秘密は守られるわけだ。


秘密に次ぐ、秘密。


闇魔法といい、この≪魔導の書≫といい、あの革帽子の男は相当に秘密主義であるらしい。


「追放されておるんだから、まあ当然と言えば当然か」


ショウゾウは自らを納得させるようにそう呟くと、契約のための魔法陣が描かれた紙と≪魔儀マギの書≫を宿の床の上に置き、魔導神ロ・キとの交信を始めた。

この紙は魔法院にある魔法陣を書き写してきたもので、アンザイルが用いたものと同様のものだ。


闇魔法は、集団パーティ活動時には使うことができず、色々と不便だがそれでも状況によっては役立つであろうし、今は少しでも自分ができることの引き出しを増やしておきたかった。


『偉大なる魔導神ロ・キよ。我が名はショウゾウ・フワ。我は汝を崇める者。すなわち闇の使徒なり。契りを結びて、その大いなる闇の魔法の神髄を我が身に宿すことを認めたまえ……』


≪魔導の書≫に記された文言を心中で唱えると、この世のものとは思われない異様な気配が室内に立ち込め、ショウゾウの全身が蠢く闇の気に包まれた。


その闇の気は少しずつショウゾウの肉体に吸い込まれていき、体内の≪魔力マナ≫を暗く染め上げていった。


ショウゾウの≪魔力マナ≫は輝きを失ったかに見えるが、その一方で夜の闇の暗がりの様な圧倒的な深淵さを備えながら、膨張を始めた。

それはこれまで宿していた≪魔力マナ≫とは質も量も異なる、≪闇の魔力マナ≫とでも呼ぶべき、まったく別物への変異であったのだ。


以前のように返す言葉は無かったが、契約が成った実感があった。


ちなみに闇魔法はその使用の許諾の問題であるらしく、他の魔法のように個別に契約するのではない。


例えば、すでに契約済みの≪火弾ボウ≫を闇属性に反転させて、本来の魔法に使うのだ。



闇魔法使用のための契約が本当に成立したのか。

さすがに街中で試すわけにはいかず、すこし悶々としていたのだがそれを試す機会は意外とすぐに訪れた。


D級ダンジョン「悪神の問い」の再挑戦が始まって三日目のこと。


新人エリックがうっかり押してしまった罠のスイッチによって、落とし穴が起動してしまい、ショウゾウがそれによって階下に落とされてしまったのである。


レイザーもこの罠については覚えが無かったらしく、完全に不意を衝かれた。


その落とし穴は細く長い急なスロープのようになっていて、滑り落ちるような感じで一気にショウゾウを地の底のとある部屋へといざなった。



そこは薄暗いものの、壁のところどころに照明石の灯りが点っていて、古い廃れた神殿の内部の様な光景が目に飛び込んでくる。


天井も高く、広さは小さな地下劇場くらいはあるだろうか。


そしてショウゾウの目の前には頑丈そうな台座に乗せられた怪しげで不気味な石像が鎮座していた。


蝙蝠の様な羽を背に、鳥の様なくちばしをつけた異様な獣の二足立像。


それが何を模して造られた石像であるのかショウゾウにはわからなかったが、不吉な予想がすぐに頭をよぎった。


地下四階のD級ダンジョン「悪神の問い」のボスモンスター。


レイザーの説明では、それは石でできた怪物だという話ではなかったか。


たしか名は……石の獣人ストーン・ビースト


それにこの部屋の雰囲気は、これまでのボスモンスターの部屋とどこか雰囲気が似ている気がするのだ。


もしこの予想が正しければ、儂は地下四階まで滑り落ちてきてしまったことになる。



石像の目がぎょろりとショウゾウの方を見た。


そして驚いたことに言葉を発したのだ。


『……闇を宿せし者よ。汝に問う。汝は進む者か、それとも退く者か?』


その問いが意味するものは何か。


その答えによってどのようなことが起こるのか、レイザーは何も言っていなかった。


ショウゾウから離れた場所には正規の出入口と思しき扉があり、そこからであればこの部屋を出られると思われた。


ショウゾウは自分が落ちてきた天井の四角い開口部を見上げながら考えた。


落下の際に負傷したのか、左ひざと腰が痛む。

この状態で、ボスモンスターを儂一人でやれるのか?


かと言って「退く」と答えた場合、素直にここから逃がしてくれるのだろうか。


それに仮にここから無事に出れたとして、レイザーたちのいる地下一階まで一人で戻るのは到底無理だと思われた。


レイザーたちとても、儂無しではここまで到達できまい。

儂が降りてきたあの罠の穴に飛び込む危険を冒すとも思えぬし、やはり自力で何とかするしかないようだ。


『沈黙は死を意味する。答えよ。汝は進む者か、それとも退く者か?』


退くも地獄、進むも地獄か。


「いいじゃろう。答えてやる。儂は進む者。ただし、形勢不利なら退いたりもするぞ。だが、決して諦めぬ。儂はやると決めたらやる性格なのだ」


ショウゾウは、左手に魔法効果の増幅器たる杖を、右手に小剣を構えた。


小剣を小太刀のように扱い、敵の攻撃を防ぎつつ、隙を見て闇魔法を使ってみよう。


闇魔法が言葉の通り、過去の遺物に過ぎず、役に立たぬようであるなら、全力で逃げる。


ショウゾウは腹をくくった。



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