第43話 同期の新人エリックと育つ悪
「おい、新入り。前に出過ぎるな!囲まれるぞ」
後方からレイザーがそう注意したのは、新たにパーティに加えた前衛職だった。
名をエリックと言い、まだ顔にあどけなさの残る少年だ。
冒険者になってからまだ半年。
十六歳という年齢の割に体格は非常によく、全身鎧や大盾の重量を物ともしない。
だが新人ということもあり、経験が浅く、判断が悪い。
今も
「あ~、言わんこっちゃない」
レイザーが救援に駆け付けようとした瞬間、それよりも速く動いた者がいた。
ショウゾウだった。
ショウゾウは魔法を使うことなく、ローブ下の腰に隠し持っているショートソードを抜き放つと、エリックの左側の強ゴブリンの首元にその刃を突き刺した。
思わず剣道をやっていた時の習性で「ツキィー!」と言いそうになってしまったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
これは試合ではない。
そのまま強ゴブリンの体ごと別の一体に押し込み、刃を抜くと同時に後方に下がった。
「す、すいません」
「謝らんでいい。魔法を使うから、もう少し持たせろ。儂の前を離れるでない」
ショウゾウはそう言うと眼を閉じ、意識を集中させ始めた。
敵の数は八体。
ちまちまとやっていては日が暮れる。
呼吸を整え、≪引き水の賢人≫ヨゼフに教わった通りに体内の≪
そして、魔法的現象を現世に実現させる契約神に支払う≪
「自在たる土くれよ、そして強固たる
ショウゾウがそう唱えると強ゴブリンたちが立っていた辺りの地面が隆起し、槍状の突起物を無数に形成し始めた。
それらは天井に迫る勢いで伸びあがり、強ゴブリンたちを一網打尽にした。
串刺しにされ、そのまま天井に押しつぶされることになったのだ。
そしてショウゾウが集中を解くと、突起物群はたちどころに崩れ、重力に抗えずに土砂となって落下した。
残ったのは強ゴブリンたちの死体だけであったが、それもやがて消え、魔石などのドロップアイテムだけが残った。
「たまげたー。これが魔法というものの威力なんですね」
エリックがそのニキビだらけの顔に驚きの表情を浮かべ振り返る。
「いや、大したことはない。≪
ショウゾウは不満そうにそう言うと、疲れた様子で首を鳴らした。
そう、≪
実在する土砂の形状を変えたりして土木作業などに益する魔法なのだ。
それをかなり過分に≪
「でも魔法を使えるメンバーがいるパーティに入れてもらえて僕は感激っす。しかもお二人は大ベテランだし、ここでたくさんのことを学べる気がします。この先もよろしくお願いします」
エリックは生真面目そうな様子で、鉄兜を被った頭を下げた。
「いや、何を言っておるか。レイザーはまだしも儂は冒険者になりたて。まだ職歴は
「そうなんですか。とてもそんな感じには……」
「エリック、おしゃべりはそこまでにしろ。ドロップ品の回収を済ませて、先に行くぞ」
レイザーが不機嫌そうな顔でエリックの頭を小突き、注意した。
ショウゾウたちが今いる場所は、オースレンの迷宮群のうち、三つ目のダンジョンである「悪神の問い」である。
「悪神の問い」は少し難易度が跳ね上がって、D級に位置する。
D級ダンジョンとは中堅冒険者への登竜門と呼ばれる等級で、ショウゾウがこれまで攻略した二つのダンジョンとは異なり、挑む者の数も限られる。
出現モンスターの強さはE級以下とは一線を画し、罠の複雑さも数も大きく異なる。
それゆえに迷宮内部が多数の冒険者によって荒らされているということも無く、この「悪神の問い」を拠点にする≪迷宮漁り≫が、オースレンの冒険者ギルドの事実上の勝ち組となっているのだ。
リスクはあるが、それに見合う以上に、このダンジョン産のドロップ品や拾得物は高く買い取ってもらえるらしい。
ショウゾウがこの「悪神の問い」に挑むのは三度目で、過去二度はその敵の多さや手強さに断念して引き返す判断を迫られた。
そして今回はメンバー募集の張り紙を見て、応募してきたエリックを連れて三人での再挑戦なのだ。
現時点で、ショウゾウはF級、レイザーはD級の冒険者である。
それにG級のエリックを加えたところで常識からいえば、この「悪神の問い」に挑むのは到底不可能であるはずだったのだが、ショウゾウはすでに攻略した迷宮で経験を積むというレイザーの提案を却下した。
そして、あまり知識のないエリックに「悪神の問い」の困難さ、危うさを伏せ、騙すような形で連れてきていたのだ。
そのためエリックは、特に怖気づいた様子も無く、この一階の≪休息所≫まで、「意外と何とかなるもんっすね」とまだ少し余裕がある感じだった。
ちなみにショウゾウにとってもこの場所まで到達したのは初めてのことで、過去二回はその前に撤退を余儀なくされている。
何も知らないエリックを盾代わりにして時間稼ぎさせることで、魔法の使用の幅が広がり、出現モンスターの撃退が少し楽になったのだ。
この若者は、いわば肉の盾だ。使えるぞ。
あまり深く物事を考えぬようであるし、危険にも鈍感だ。
死なさぬように大事に使わなくては……。
穀物と砕いた木の実を粉にして固めた携帯食料を、三人で輪になるように座って、口に運びながら、ショウゾウは考えていた。
「おい、エリック。こんなことを聞くのは何だが、お前、どうしてこのパーティに入ろうと思ったんだ? 自虐するわけじゃないが、年寄りとロートルの二人連れ。魅力なんかないだろ」
唐突にレイザーが口を開いた。
一瞬、ショウゾウもその通りだと思い、エリックの方を見た。
「いや、自分、同年代ぐらいの若い人が苦手なんすよ。なんかオラついているというか、弄られたりするんで。仲良くしようとしてもなかなかうまくいかなかったっす。あと、女の子も苦手っす」
エリックはその太い指をもじもじとさせ、俯いた。
「でもお二人は話しやすいというか、安心します。レイザーさんは的確な指示をくれるし、ショウゾウさんには危ないところを何度も助けてもらったっす」
エリックは朴訥な笑みを浮かべ、その短く刈り込まれた頭を掻いた。
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