第42話 領主コルネリスと二人の兄

城に戻ったルカは、さっそくオースレン領主である父のコルネリスと二人の兄に、連続不審死と老死病ろうしびょうの噂について報告した。


「……それから各地域の詰め所を回り、聞き取りを行ったところ、同様の被害者の数はこの月余げつよの間に、把握できているものだけでも五十人以上。オースレンの西地区が最も多く、次いで北地区、南地区、今のところ、東地区は三件だけです」


「待て。今、と言ったな。ルカよ、お前はさっき老死病という疫病だと言っていたではないか。なぜそのように被害者などという言葉を用いる?」


領主の地位を象徴する椅子に深く腰を掛けたコルネリスは、眉間に刻まれた深い溝を歪ませ、愛息ルカに尋ねた。


「いえ、父上。私は一言もこの連続不審死を疫病によるものだとは申しておりません。住民たちはそのように考えているようですが、私の意見は違います」


「では、何だというのだ!」


説明を遮るように次兄のギヨームが苛立たし気に声を上げた。


この腹違いの次兄は、いつもこうした態度をとる。

この私が目障りで仕方ないのだろうとルカはため息をついた。


「答えられぬのか。では黙っていろ。その件については私の口から父上に報告しようと考えていたのだ。そもそもお前の従騎士隊はこの城の警備が主な役割のはず、市井の治安については私の衛兵隊の管轄だ。でしゃばるな、ヒヨッコめ」


痩身のルカとは異なり、次兄ギヨームは体格が良く、背こそルカよりも少し低いが横にがっちりとしていた。

三つ年上。

しかも黒みがかった髪と獰猛そうな険しい顔で歯を剥かれてはさすがのルカも言葉を失ってしまう。


「では、ギヨーム。改めてお前に聞くとしよう。この件についてお前が把握したのはいつのことだ。なぜ、すぐに儂の耳に入れなんだか。今のルカの説明になかった情報をお前は得ているのか?」


領主コルネリスの疑うような厳しい眼差しがギヨームを射抜く。


「い、いえ、特には……。ですが、このような些事、お忙しい父上の御心を煩わせるほどのことではないと考え、私が内々に解決しようと考えていた次第……」


「解決……とな?」


「はい、すでに祈祷師の手配を済ませておりますし、住民たちには不安を煽るようなことを広めるなと衛兵たちに厳重に注意させるつもりでありました。これはきっと何者かの呪いです。オースレンの豊さを妬んだ何者かが嫌がらせのつもりで呪いをかけさせたのやも……」


「……もうよい」


「私が懇意にしている占い師の話では西の方角から大いなる災いがやって来ると教えられました。もうふた月ほど前にです。私はその頃から警戒心を抱いておりましたし、ルカなどよりも、よっぽど早く……」


「もうよいと言っておる!」


コルネリスの一喝にギヨームは叱られた子供のような顔をして、そのすぐ後にルカを睨みつけた。


「ふむ、フスターフよ。お前は今の話、どう考える?」


コルネリスが視線を向けたのは長兄フスターフだった。

ルカと同じ母譲りの赤髪で、細身ではあるが良く鍛えられた長身をしている。


「はい、実は父上よりも先に詳しい話を私はルカから聞いていました。その上で直に報告させるべきと判断したのですが、私の意見はルカと同様です」


「ふむ、そのルカの意見というのは?」


「はい。原因が分からない以上、良く調べなおす必要があります。どのような身分、境遇の者がその老死病と呼ばれる症状になったのか。発生した場所とその分布、そして正確な日時。頻度はどのくらいであるのか。何か共通点は無いのかなど、得られた情報をもとにその原因を突き止めなければ何も始まらないというのは私も同意見です。人が突然急激に老いて、死ぬ。このような例は古来よりの、どの言い伝えや寓話にも無い話です。ギヨームが手配したというその祈祷師とやらの効果があればそれで良し。そうでないなら、別の手立てを考えねばなりません」


「よろしい。ではさっそく、本格的に調べさせるとしよう。指揮はそうだな、ルカよ、報告してきたそなたに任す。従騎士隊は元より、儂の配下からも何人か応援をだそう。必要であれば、冒険者などを雇っても良い。金は儂が出す」


「父上!市中のことは私が任されていたはず。その調査は是非ともこの私めに!」


「くどいぞ。儂はもうルカに任すと決めた。お前はおのれの職務を全うせよ。最近、オースレンの治安が乱れているという報告が儂の耳には入っておるぞ。衛兵たちの評判もひどく悪いようではないか。ギヨームよ、グリュミオールの名を汚すような真似だけは決して、してくれるなよ」


コルネリスの言葉にギヨームは黙り込み、床に暗い視線を落とした。


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