第34話 悪の微睡

このイルヴァースという異世界にやって来て本当に良かったと、ショウゾウは心の底からそう思っていた。

何度も危険な目に遭い、殺されかけたことも何度かあったが、その度に強く、自分はまだ生きているのだという実感が湧いてきて、灰色に見えていた世界のすべてが輝きを取り戻していくかのようであった。


この異世界にやってくる前のショウゾウは、まさに生ける屍のようであった。


何を食べても旨いとは思えず、何をしても心が喜ぶことがない。


老齢からくる心身の不調や病魔は、生来持ち合わせていたバイタリティや意欲をショウゾウから奪い、やがて来る死への恐怖を脳に植え付けてきた。


孤独であったことはさしたる問題ではない。


人は皆、一人で生まれ出でて、一人で生きていくのだ。


他者は自分の人生の引き立て役に過ぎず、栄達のための道具に過ぎない。

だから誰にどう思われていようが究極的なところは関係がないことであるのだ。


なぜ、渋谷であのような事件を起こしたのか。


その答えは単純明快だ。


儂が存在しなくなった世界には、何の価値もない。

そう思い、本当は世界のすべてを破壊してしまいたかったのだ。


だが、あの時の自分にはあれが精一杯だった。


だから自決の瞬間、とても口惜しく、言葉に出来ぬほどに無念であったのだが、この異世界に転移して、≪オールドマン≫という素晴らしい力を手にすることができた今、もはやかつての自分の人生などどうでも良くなってしまった。


このスキル≪オールドマン≫は儂にとっての光明。


このイルヴァースで、元の世界以上の成功を掴み、それを永遠に愉しむのだ。



「おい、ショウゾウさん。そろそろ起きてくれ」


レイザーの声で、ショウゾウはむくりと起き上がった。

実はもうとっくに目覚めていたのだが、毛布の温かさから身を起こす気になれず、横になったままうとうとと先ほどの述懐を心の中で独りちていたのだった。


二時間交代で見張りをし、交互に休む。


毎日少なくとも八時間以上は眠る習慣があったショウゾウにとってこの生活の変化が一番堪えた。


クロウラーの宝珠オーブを手に入れた後、地下二階の≪休息所≫まで一気に攻略を進めたのだが、レイザーの巧みな案内のおかげもあって、非常に順調だった。


魔物の数自体も少なく、それぞれの個体もさほどの脅威ではなかった。


G級ダンジョンと出現モンスターの種類は割と重複しており、初見だったのは大芋虫クロウラー大蝙蝠ジャイアントバット鬼火ファイアゴーストだけであった。


もっともこれは、他の冒険者たちによって常に狩られ続けているからであり、再出現リポップが間に合っていないからであったかもしれなかった。



地下二階の≪休息所≫を出て、いくつかの部屋を経由し、ボスモンスターの部屋の前までに行くと、すでに先客が二組いた。


レイザーが慣れた感じでその先客たちに話しかけ、様子を聞く。


「ショウゾウさん、今も中で別のパーティが戦闘中らしい。ここのボスモンスターの再出現リポップは半日に一回。一組は諦めて帰るそうだから、俺たちは残るもう一組のその後だな」


「なんと、ここまで来て引き返す連中もいるのか」


「ああ。まあ、よくある話だ。もう最初の一回目の特殊ドロップを手に入れた後なら、入手できるのは魔石と固有資源だけだからな。ここで長時間待つより、引き返した方が効率がいいのさ。ボスモンスターが落とす魔石は、普通の魔物よりも一回り大きいし値が張るが、丸一日待ってまでほしいと思えるほどじゃない」


なるほど、ワイルドボアが指輪と共に落としたあのごろんとした石はそういうものであったのか。


他の魔石と異なり、大きくて珍しそうだったから、まだ換金せずにしまったままになっていた。


「なあ、ちょっといいか。あんたたち、特殊ドロップ品が目当てなんだろう。もし良かったら、俺たちと一緒に討伐しないか?」


順番待ちをしていたグループのリーダーらしき男が声をかけてきた。


どういうことなのか尋ねてみると、彼らは皆、特殊ドロップ品の既獲得者であるらしく、魔石の権利を譲ってくれるなら、トドメをさす権利は譲ってくれるという申し出であった。


ボスモンスターは、同じ迷宮内の通常の魔物よりも手強く、人数が多い方が効率が良いのだとか。


なるほど、利害が一致すれば、パーティ間でこのような協力体制を採ることもあるのだなとショウゾウは感心しなら、レイザーたちの会話を聞いていた。



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