第35話 安全なる周回者

少し、目から鱗のような状態になっている。


共闘を持ち掛けてきたのは、F級に位置する≪安全なる周回者≫というパーティだったのだが、彼らの迷宮攻略に対する取り組み方は非常に無駄がなく、かつ前の世界における企業然とした雰囲気を持っていたので、ショウゾウは只々、感心するほかはなかったのだ。


用意周到であり、安全に配慮しつつも、無駄がない。


おそらく何十回、いや何百回とこのダンジョンを攻略し続けているのだということを伺わせるようなミーティングの内容だった。

ボスモンスターの絵付きの攻略手順書を見せられ、レイザーと一緒に作戦の説明を受けた。


このF級ダンジョン「悪神のたわむれ」のボスモンスターは、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウというらしく、毒はないが肉食で獰猛であるとのことだった。


八つの目を持ち、視野が広いが、その反面、同時に動く複数の対象に対しては混乱をきたすのか、後手に回る傾向があるそうだ。


「いいか。とにかく安全が第一だ。それぞれ、この図に記された場所に立ち、作業手順に沿った行動を行ってほしい。用意してきた捕縛具で身動きを封じ、無力化した上で、こちらのショウゾウさんが止めをさす。ショウゾウさんは、俺が安全を確認するまで決して黒大蜘蛛に近づいてはいけない。いいな?」


リーダーのシィムの言葉にショウゾウも黙って頷く。


レイザーは、この中では最もランクが高いD級冒険者ということもあって、特別にシィム同様に正面近くのポジションを任されたようだった。



シィムの話では、危険予知による注意点がびっしりと書き込まれたマップ、出現モンスターや仕掛け罠などの詳細な資料、万が一の時の退避経路図なども作成してあるとのことだ。


あえて一定の縄張りに限定することで、安全かつ継続的に安定した収益を上げる。


≪迷宮漁り≫とはすなわちダンジョン産資源の生産者であり、それを生業とするこの≪安全なる周回者≫は、生産法人的性格を有しているようであった。


かつて参加させてもらっていた≪鉄血教師団ティーチャーズ≫とは全く異なる様子に、面食らいつつもショウゾウはかつて自分が退官後にコンサルタント業を営んでいた経験から、このような各パーティの有様をとても面白いと思った。


冒険者パーティを企業と見立てたなら、それらとクライアント契約を結び、その業績アップを手助けするような業態も成立しうるのではないか。



そのようなショウゾウの思惑はさておき、黒大蜘蛛の再出現リポップの時間がやって来た。


前のパーティは負傷者を出したようだったが、深手ではなく、割と早い時間で出てきたので、それほど待たされることはなかった。


扉の中で待ち構えていた黒大蜘蛛は事務用のデスクほどの大きさで、蜘蛛としては大きいがそれほどの威圧感はない。


「危険予知ミーティングで注意した内容を忘れるなよ。さあ、いくぞ」


リーダーであるシィムの掛け声で、まずは松明たいまつを持った≪安全なる周回者≫の五人とレイザーが黒大蜘蛛の周囲を取り囲むような位置についた。


「あまり、時間をかけるな。糸を吐いてこられると厄介だ」


黒大蜘蛛は、事前の打ち合わせ時に聞いた通り、火を近くで燃されると対象の位置を見失うらしく、身じろぎした様子ですぐには飛び掛かっては来なかった。


もし仮に、想定と違う動きをされたとしても、それに対するマニュアルは出来上がっており、問題は無かったのだが、全ては順調に、作戦通りことが進んだ。


魔法やそれぞれの松明による多方向からの牽制、そこからの複数の投網とあみを使った捕獲。

そして身動きが取れなくなったところに、八本の足を全て切断するという徹底ぶりだ。


さらに痛めつけ、動きが鈍くなったところでショウゾウは呼ばれ、黒大蜘蛛の背面から≪火弾ボウ≫の連弾を放つ。


怪我人はゼロで、かかった時間も数分程度。

それは真っ当な戦いと呼べるものではなく、一方的で機械的な作業であった。



ちなみにこの黒大蜘蛛から得られたドロップ品は、不気味な模様が入った黒い卵型の石のような何か、「黒大蜘蛛の大牙」、「強蜘蛛糸」、そしてこぶし大の魔石だった。

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