第29話 指輪に宿る闇

自らの長い人生においても、類を見ないほど目まぐるしい数日間であった。


定まったと思い込んでいた己の人生観を揺るがされるような数々の体験をし、自らの手で三人も人を殺した。


戦後の混乱期を生き、日本の高度経済成長の生き馬の目を抜くような時代を駆け抜ける最中で、やむを得ず人を殺したことはもちろん幾度かある。


だが、第三者に依頼したり、部下にやらせることがほとんどであったので、自らの手を汚した経験はそれほどは無かった。


自らの保身のため、栄達のため、富を得るため、秘密を守るため。


様々な理由で人を殺めてきたが、ショウゾウがそのことを悔いたことは一度も無かった。


今回の三人もそうだ。

そもそも先に仕掛けてきたのは向こうの方であったし、らなければ、こちらがられていた。



老いた身でこのような危難を受けることになったのは、ついてないという他はないが得られたものも少なくはなかった。


「ブック。冒険者としての儂の現在の状態を表してくれ」


色々と言い方を工夫してみたが、これが今のところ一番詳しく状態が表示される。

ただ≪魔導の書≫は万能ではなく、具体的なデータとして活用するには限界があった。


名前:ショウゾウ・フワ

年齢:85

性別:男

レベル:6

種族:人間

契約神:魔導神ロ・キ

契約魔法:火魔法

属性素質:火、地、命

スキル:異世界言語LV1、オールドマンLV1、忍び足LV1、怪力LV1、掃除LV1、魔法適性LV1、鑑定LV1、格闘LV1


また一歳分若くなり、≪格闘≫というスキルが増えていた。


≪魔導の書≫によれば、格闘に関する技能を習得しやすくなり、さらに格闘を行う際に様々な恩恵があるらしい。

格闘に該当するかはわからないが、若い頃、剣道以外に柔道も割と真面目に学んだことがあるので、あとで試してみたいと思った。


契約神や魔法の云々うんぬんというのは知識不足でまだ何も判断できないが、属性素質の火、地、命については思い当たることがないわけではない。


火あるいは地はアンザイル、命は治癒術士のマーロンから奪ったものかもしれない。


≪オールドマン≫によって生命エネルギーを奪う際に生じる副次的効果。

それがスキルと属性素質に及んでいるのだとすればすんなり腑に落ちる。


そして他に得られたものと言えば、これだ。


ショウゾウは自身の指から≪老魔ろうまの指輪≫を抜いて、宿の部屋のテーブルに置いた。


照明石の薄明かりが、指輪の古めかしい意匠を克明に浮かび上がらせる。


鈍い真鍮色の腕には、≪異世界言語LV1≫では読めない文字がびっしりと刻まれていて、不敵な笑みを浮かべた老人の顔を模した石座がある。


この指輪の効果として明らかになっているのは、身につけた者の容姿をおそらく八十歳ぐらいの年齢に変えてしまうというものだ。

だから皮肉なことにショウゾウにとっては少し若作りした見た目となるはずだ。


それと魔法を身に着けたおかげで気が付いたのだが、この指輪を身に着けていると体内の≪魔力マナ≫が増加し、その上でさらに魔力移動が非常に上手くいく。

それは自転車に補助輪をつけた時の様な頼もしさで、指輪が無い状態の心もとなさを補ってくれる。


これが魔法使いにとって有益なアイテムであることは間違いなく、レイザーとのやり取りで見せた発動後の状態維持のような芸当も可能になったわけだ。


そしてこれは身に着けたことがある者にしかわからぬことであるのだが、心の奥底からどす黒い何かが湧き上がってきて、強い自制心を働かせていなければ、それに飲み込まれそうになる。


言葉にするのは難しいのだが、敵対者への殺意が増し、全てを自分の物にしたくなるような強欲が膨れ上がるような感じがある。

そして、それらが悪魔のように、己を邪な道に誘い込もうと働きかけてくるのだ。

だがその一方で、自分が為そうとする悪行に対して背中を押してくれるような妙な安心感があり、精神を強く保つことが必要な時、支えてくれているような心強さも感じる。


そそのかし、善人を悪人に、悪人をさらに手の付けられない極悪人に変えてしまう狡猾な悪魔の指輪。


「……老魔ろうまとは、本当によく言ったものだ」


あのマシューの変貌ぶりを見る限りそれは心が弱い人間にとって、手放しがたい魅力を感じさせ、指輪への執着を生むようだった。


指輪に宿る老いた悪魔に支配されてはならぬ。

むしろ、逆に飼いならすのだ。


「儂も、努々ゆめゆめ心せねばのう……」





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