第27話 悪の囁く声に

「お前、本当にショウゾウ……なのか」


レイザーは腰のホルダーから短剣を素早く抜き、重心を低くし身構えた。


ショウゾウまでの距離はまだかなりあって、一足飛びには懐に入り込むことはできない。

魔法は、発動前に一瞬のためのようなものがあり、近付いてさえしまえばかなり有利な状況になるのだが、この間合いは完全に相手有利の状況だった。


だが、ショウゾウが使える魔法は≪火弾ボウ≫だけのはずなので、初撃さえ躱せれば次の攻撃が来るまでの間に大きな隙ができるはずだ。

その上、魔法を覚えたてで≪火弾ボウ≫を動く的に命中させられる可能性は低いと思われた。


アンザイルの話ではショウゾウは魔法量こそ並の魔法使いくらいはあるが、その素養は高くはないのではないかと話していた。

それはつまり優れた魔法使いになるためのスキルを所持していないということで、仮に契約できたとしてもその魔法を自在にはコントロールできないことを意味しているらしかった。


だからワイルドボアの自由を奪い、至近距離で≪火弾ボウ≫を発動できるようにお膳立てしてやったのだった。


だが、それならショウゾウはどうやってマシューたちを殺ったのか?


魔法覚えたての新人。

それもあのようなおいぼれが、盛りを過ぎているとはいえ経験豊富な冒険者二人をどうやって手玉に取ったというのか。



「ショウゾウ! お前が二人を殺したのか?」


レイザーは、沈黙したまま醒めた目でこちらを見ているショウゾウに問いかけた。


「見てわからんか? 案外、理解が悪いな」


声のトーン、重々しい口調。

それはレイザーが知るショウゾウのものではなかった。


「どうやって二人を殺した? お前の様な年寄りに後れを取る二人ではなかったはずだ。どんな卑怯な方法を使ったんだ、言え!」


「卑怯だと? 儂の様な年寄りを寄ってたかって殺そうとするお前たちの方がよっぽど卑怯ではないか」


ショウゾウは右の掌に、≪火弾ボウ≫の火球を出現させ、それを放つことなくその場に留めている。


マシューが羽織っていた紫黒色のマントに身を包み、左手に杖を持つショウゾウの姿は薄暗い室内の雰囲気もあってか、火球の灯りに照らし出され、得も言われぬような貫禄と威圧感を感じさせた。


魔法の初心者とは思えぬ堂々たる佇まい。


そして魔法の素養がないはずであるのに、発動した≪火弾ボウ≫を放つことなくその場に留めるなど、見事に制御しているように見える。


好々爺然とした振る舞いや冒険初心者であるという話は偽りであったのか。


レイザーの心の中に疑念と不安が萌芽し始めていた。


パーティきっての武闘派であるマシューとアンザイルの二人がかりで勝てなかった相手に俺一人で太刀打ちできるのであろうか。


レイザーのパーティ内での役割は斥候スカウトといって、マップ製作や探索活動、宝箱などの罠外しなど補助的な活動を主なものとする。

短剣の扱いや投擲には自信があるものの、正直、その殺傷力は低く、他のメンバーと比べて戦闘が得意であるとまで言い切れない弱みがあった。


状況にもよるが、一対一での戦闘なら治癒術士のマーロンにも後れを取る可能性があった。


オースレンに向かったマーロンが戻るのには二日はかかるし、かといってこのままショウゾウをダンジョンから出してしまえば、≪鉄血教師団ティーチャーズ≫のこれまでの悪事が冒険者ギルドに発覚する可能性が高い。


「どうした? かかってこないのか」


ショウゾウはそう言いながら一歩、二歩と近づいてきた。


馬鹿な。

遠距離である有利を捨てて、魔法使いが自ら間合いを詰めて来るとは。


やつは魔法以外にも何か攻撃手段を持っているのか?


レイザーの額から冷たい汗が流れ落ちた。


「待て、ショウゾウ。それ以上近寄るんじゃない! 少し話をしよう」


「話だと? 儂を殺そうとしたくせに今さら何を言うか」


「それが誤解なんだ。俺はマシューたちの悪事に、心の底から賛成していたわけじゃあないんだ。俺はまだまだ冒険者として迷宮探索に意欲を持っていたし、それにこんな人殺し、楽しくなんかはないだろう。こいつらとは若い頃からつるんできたが、俺はもううんざりしてたんだ。どうだろう、ショウゾウ。俺と取引しないか」


レイザーは短剣を地面に置き、両手を挙げた。

ショウゾウを油断させようという意図ではなく、本気で話し合いに持ち込みたかったのだ。


この得体のしれない老人とこの場で殺し合うメリットは、そのリスクほどは無い。

自分が敗れて殺される可能性もあり、逆に勝ったとしてもショウゾウの死と仲間二人の不審死をどうつじつまを合わせるかなど困難なことが多すぎる。


ショウゾウの全財産とワイルドボアの特殊ドロップ品、そしてマシューたちの遺品や有り金などは惜しいが、何事も欲をかくとろくなことにならない。


仇をとっても二人が生き返ってくるわけではないし、命あっての物種だ。


「……いいだろう。言ってみろ。お前はどうしたいというのだ?」


「ショウゾウさん、俺はあんたとは戦わない。このまま黙ってオースレンの街を出ていくよ。その代わり、今回のことはギルドに黙っていてほしいんだ」


「……マシューたちのことは何と説明する」


「そうだな……、こうしよう! ショウゾウさんが行方不明になり、必死で捜索したが見つからなかったとギルドには言おう。そして俺たちは別の町に行くと告げ、後日あんたは何食わぬ顔でオースレンに戻るがいい。二人の死体はどこかに処分するとして、遺品はあんたに全部やるよ。そうすればあんたも口裏を合わせる必要が出て来るし、秘密も守られるだろう。俺は、よその土地で一から出直しだ」


「ずいぶんと物分かりが良いのだな。だが、それでは不十分だ」


ショウゾウの瞳が仄暗い沼の底の様に思え、その中に自分が引き込まれていくような気がした。


「ここで起こったことはなかったことにはできぬ。儂はマシューたちに殺されそうになり、お前がそれに反対して二人をやむなく殺したことにするというのはどうじゃ。これならお前はこの後も人の目を気にしてこそこそすることは無くなり、見方を変えれば、新人トレーナーの鑑と称賛されるかもしれんぞ」


「別にそんな賞賛が欲しいわけじゃない。あんたとも、この町とも、そしてマシューたちとも、もうきれいさっぱり清算してしまいたいんだ、俺は。あんたの正体が得体のしれない、やばい爺さんだってことは誰にも言わねえ。それでいいだろ」


「そうはいかん。ここでの出来事はずっと秘密にして隠しておくには大きすぎる。それに、お前の提案通りこの場で別れたとて、この後もずっと互いに安心して眠れぬようになるぞ。いつ復讐に来るか。あるいは口を封じに来るか」


「じゃあ、あんたはどうしろって言うんだ。あんたの提案に沿ったって、事実と異なるというのは一緒だし、どの道、互いに生きてりゃ気になって仕方ねえ。少なくとも俺はそう言う性分なんだ」


「それはお前の目を見ておればわかることよ。儂はとっくにお前の本性を見抜いておったぞ。だから、儂からお前に追加の提案がある。儂に雇われてみる気はないか?悪いようにはせぬ」


「雇うだと? 何を言ってるのかさっぱりわからねえ」


「儂はお前を引き続き、新人冒険者のトレーナー、そして同じパーティのメンバーとして有償で雇いたいと言っておるのだ。儂にはお前には明かしてない恐ろしい力があるが、不幸にしてこの世界のことにあまりにも無知だ。この世界で再び前世以上の栄光を得るにはお前のようなものの助けが必要なのだよ。偽善に染まらず、損得勘定ができ、そして臆病な水先案内人。儂が今回得たものの中から月に金貨一枚払おう。お前にはその価値がある」


「いかれてるぜ。頭がどうにかなっちまってんじゃないのか。自分を殺そうと思っていた相手を雇うだと?」


だが金貨一枚は半年は遊んで暮らせる大金だ。

それがいつまで続けられるのかは不明だが、すくなくとも手ぶらでこの街を去るという提案よりは良い面も多少ある気がしてきた。

後ろ暗い新人殺しを続けるよりかはずっとましかもしれない。


「そこに転がっている二人の死が、それにまつわる秘密が、儂とレイザー、お前を深く結びつけるのだ。儂の提案に乗ったなら、儂らはもはや一蓮托生。共犯者となる。お前は儂の本性とここであったことの秘密を抱え、儂はお前らの悪事に目をつぶる」


気味が悪い爺さんだが、何かついていけば得しそうな予感がしないでもない。

実際、このショウゾウはいくばくかの幸運に巡り合っている。

グリーンスライムの宝珠オーブの件もあるし、なによりマシューたちの凶行から命を保った。

得体のしれない何かに加え、強烈な悪運のようなものが付いていると言ってもいい。


何を考えているのかわからないのはマーロンも同様なので、これから先、落ち目の二人でやっていくより、これは何かの転機になりそうな気もする。


「わかった。いいだろう。具体的に何をするのかはわからんが、月に金貨一枚で、あんたに雇われてやる。義理や絆とかそんなあやふやなものじゃねえ。金銭での真っ当な契約、ビジネスだ。金が払えなくなった時点でショウゾウ、お前とはおさらばするが、それでいいな」


レイザーの返事にショウゾウは不気味なほどの笑みを浮かべたまま、こう囁いた。


「それではレイザー、最初の仕事だ。マーロンが戻ってきたら、二人で奴を殺すぞ。奴が生きていては後々の心配の種だからな」




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