第26話 レイザー

地下三階から各フロアをぐるりと巡って地上まで。


レイザーはG級ダンジョン≪悪神あくしんいざない≫に自分たち以外の人間がいないことを確認すると、出入り口付近で少し一服し、再びボスモンスターの部屋がある地下三階に降りる階段の場所まで戻った。


この場所で見張りを続け、マシューたちがやって来るのを待つ。

それがレイザーのいつもの役目だった。


「おっかねえ、おっかねえ。あんな年寄りまで手にかけることはなさそうなもんだが、まあ仕方ねえよな。運がねえ奴はみんな死ぬんだ」


人を殺すことに躊躇いなどないレイザーであったが、女、子供、年寄りの命を奪う行為は弱い者いじめしているようでどうにも気分が良くないと考えていた。

それゆえに、マシューたちがショウゾウを殺し、その死体と証拠を処分するまではこの場で待つつもりでいたのだ。


レイザーは正直、うんざりしていた。


いつ発覚するかわからない悪事に手を染め続ける日々とそうせざるを得ないようなギルドの安いトレーナー報酬。


そして罪悪感が募る一方で、刺激のない退屈な日々。



鉄血教師団ティーチャーズ≫は、これまで各地を旅して、多くの新人冒険者に声をかけながら獲物を探してきた。

加齢による衰えで、高難易度のダンジョンに挑むことが難しくなり、G級ダンジョンが隣接する町から町へ、飢えた虎狼の様な目で巡り歩いた。

各地に点在するG級ダンジョンならば、自分たちの様なロートルでも安全に攻略できるし、新人教育には適している。


ほとんどの場合がそうなのだが、殺しても得がなさそうな新人はそのまま教育をし、トレーナーとしての実績としてギルドに報告をする。

新人殺しをするのは、ボスモンスターが落とす特殊ドロップ品が高価値だった場合のみだったのだ。


そういう意味ではあのショウゾウという老人は不運だった。


レアドロップアイテムを獲得した代価として得た大金を所持しており、うかつにもそれを隠そうともしていなかった。

物色中だった新人どもに、金貨で分け前を気前よく払っているところを皆に見られていたし、もし自分たちが標的に選ばなくても、近いうちに同じような目にあっていたのは間違いない。


パーティへの参加を希望していたことからも、気前が良く人当たりのいい老人であることをギルド内にアピールしたかったのだろうが、レイザーにしてみれば軽率としか言いようがない行動だった。


羽振りは良いが、仲間も無く、身寄りもない孤独な老人。


つまり死んでも、誰も気に留めないという最高の条件がそろった獲物だったのだ。



「それにしても遅いな。もうそろそろ上がって来てもいいはずなんだが……」


なにかトラブルでもあったのか、それとも特殊ドロップ品があまりにも良すぎて、内輪揉めでも始めたか。


レイザーはパイプから刻み煙草の灰を落とし、それを懐にしまい込むと重い腰を上げた。


「あの頃は本当に楽しかったな……」


戦闘よりも罠外しや鍵開け、そして索敵などを得意とするレイザーにとって、迷宮外の仕事や今行っている育成活動、それに付随した悪行などはどうにも自分が活きる仕事ではないと感じていた。


パーティを結成し、D級ダンジョンを初攻略した頃までは、メンバー間の関係は良好であったと言っていい。

そのころは≪鉄血教師団ティーチャーズ≫ではなく、≪成功を掴む手≫というパーティ名で、脂が最も乗り切っていた。


しかし、ほとんどの冒険者がつまづくC級ダンジョンに阻まれ、無駄に月日を重ねるうちに報酬や役割で揉めたり、些細な口論が増えた。


マシューは個々がC級、D級の冒険者であるにもかかわらず、B級パーティの認定を受けれたのは自分の≪鑑定≫の力だと強弁するようになり、体力の衰えの影響を受けにくい魔法使いのアンザイルはパーティでもっとも自分が強いと態度がその身体のように大きくなった。

マーロンはなぜか体を鍛えだし、格闘家になると言い出した。


目標を見失い、それぞれの考えと見ている未来が少しずつ乖離し始めたのだ。


危険と隣り合わせで明日をも知れない冒険者稼業。


ダンジョンで負った傷の治療費は自分持ちだし、迷宮に挑戦するには物資などの経費も掛かる。

現実を忘れようとするかの如く、酒と女に浪費し、貯蓄など考えたことも無かった。


気が付けば、夢も無く金も無い不良中年の姿が四つあった。


腐れ縁と将来の生活への不安から、しかたなく団結した集団、それが≪鉄血教師団ティーチャーズ≫だったのだ。



レイザーは地下三階に降りてゆき、ボスモンスターの部屋までの通路を戻っていく。


このダンジョン内の全モンスターはさきほど各フロアを巡視する途中で全部始末しており、再出現リポップまでは三日ほどかかるはずだ。


その難易度の低さにも拘らず、G級ダンジョンがあまり人気が無いのは、モンスター個体数の少なさとドロップアイテムの価値の低さからなる非効率さからだ。

その上、誰かが攻略した直後などは、来ても何も得られるものが無く、一度攻略して特殊ドロップ品を手にしてしまえば、その冒険者にとっては無価値なダンジョンとなる。

それゆえに、訪れる者も少なく、レイザーたちが新人狩りをするにはもってこいの場所だったのだ。



足音を立てないようにボスモンスターの部屋の前まで来ると、レイザーは扉に耳を当て中の様子を窺った。


それは斥候スカウトとしての習性であり、レイザー自身の臆病さからくる行為だった。


おかしい。あまりにも静かすぎる。


マシューたちは一体何をしているんだ?


レイザーは静かに扉を開き、その向こう側に人気がないことを確認すると慎重に中に足を踏み入れた。


なんだ、これは……。


予想もしていなかった異様な光景にレイザーは思わずそう口走りそうになった。



そこにはすでにワイルドボアの姿はなく、無残な死体が二つあった。


ひとつはもはやそれが誰なのかわからないほど焼け焦げており、もう一つはショウゾウとは異なる別の老人のものだった。


その老人の死体は身包みはがされており全裸で、見覚えのある長靴以外何も身に着けていなかった。


あれはマシューの長靴だ。


そのマシューと思しき全裸の老人の死体の傍らにこの部屋唯一の生存者がおり、それが、もうとっくに始末されたと思っていたショウゾウであることにレイザーは愕然とした。


ショウゾウは悪びれた風も無くマシューのマントを羽織り、別人のように冷たい視線をレイザーの方に向けている。

その口元は微かに微笑んでいるようにも見え、今までのおどおどしたような態度は微塵も感じられなかった。


それどころか、その佇まいには異様な威圧感があり、まるで他者の上に君臨することを当然と思っているかのような風格を感じずにはいられなかった。


「お前、本当にショウゾウ……なのか?」


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