第24話 絶体絶命

「どうした? 何をそんなに驚いている」


髪が白くなり、皺だらけの顔になったマシューが笑みを浮かべて目の前に来た。


背に担いでいた大剣をその利き手に持ち、その刃先を地面に突き刺した。


こやつ、自分では老いたことに気が付いてないのか?

ショウゾウは困惑しつつも、いよいよ自分が絶体絶命の危機に陥っていることを自覚していた。

背に冷たいものが流れ、口が渇く。


「マシューさん、その手おかしくないですかな? 顔も儂のように皺皺になって」


ショウゾウの指摘に、マシューが愕然とした表情になる。


「な、なんだ……これは。俺の手が染みだらけの老人の手に……」


マシューは愕然としながらも、何かを思いついたように指輪を外した。


するとマシューの姿は元通り、五十前後の精悍な姿に戻る。


「なるほど、これは老人の姿に化ける指輪らしいな。しかもどうやらそれ以外にも効果がありそうだ。これをつけていると身の内で何かが増幅しているような感覚があった。だが、それが何か知るには、より高度な≪鑑定≫が必要なようだ……」


安心したのか、マシューは再び≪老魔の指輪≫を自分の指にはめると、大剣の柄を握った。


どうやら変化するのは姿だけで膂力りょりょくなどには影響が無いらしい。


マシューは軽々と大剣を振り上げると、まるでごみでも見るかのような冷たい眼差しでショウゾウを見下ろした。


「レイザーさん!マシューが、アンザイルさんを!」


ショウゾウはマシューの背後にわざと目をやり、大声を張り上げた。


もちろん、嘘だ。

レイザーなど来ていない。


だが、何かやましいところでもあったのか、マシューの視線は一瞬、後方の出入口の方に向く。

その一瞬の隙にショウゾウはすべてをかけた。


動き出しの遅い大剣であったことも運が良かった。


急いでマシューの足元に這いより、その腰にしがみつく。


見たところ、あの大剣の間合いは遠い。

懐に入り込んでしまえば、ほんのわずかだが時間稼ぎができる。


そうなったなら、≪オールドマン≫で生気を吸いつくすのが先か、頭を勝ち割られるのが先かの勝負になる。


「こ、このクソジジイっ」


マシューが大剣を手放し、拳でショウゾウの頭を殴りつけてきた。


衝撃が頭を直撃し、頭蓋骨が陥没したような鈍い音が全身に響いた。


一瞬、ショウゾウは気を失いかけたがひたすら≪オールドマン≫の発動に全身全霊を傾けた。

もし振りほどかれてしまったら、全てが終わる。

儂の勝機は消えてしまう。


ショウゾウは朦朧とした意識のまま、マシューの左足に両腕を絡みつかせ、その足に齧りついた。

前歯が折れ、爪が軋んだが、それでもショウゾウはマシューから離れなかった。


そして数秒が経ち、マシューの抵抗が鈍くなると、やがて頭部と前歯の痛みが消えた。


息絶えるまで安心はできない。


ショウゾウはそのまま≪オールドマン≫を発動させ続け、そして絶命の証であるその禍々しい光が消えるのをひたすら待った。


その光が消える瞬間、ショウゾウの脳内に再びあの得も言われぬ達成感を伴った歓喜の響きが訪れた。


どうやら、またレベルアップしたらしい。


マシューの体が勢いよく前へ倒れかかると、ようやくショウゾウはその身を離し、殴られた頭部を恐る恐る触った。


殴られた場所は血で濡れていたが、実際は無傷で打撲さえ残っていなかった。

どういう仕組みなのか、折れた歯さえも再び生えてきていたが、以前から歯抜けになっていた部分はそのままだった。


「サービスが悪いのう。せっかくなら全部元通りにしてくれればよいのに……」


ショウゾウは立上り、うつ伏せで息絶えた状態のマシューを見下ろした。

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