第23話 老魔の指輪

下級とはいえ、魔法をひとつ会得したことによる気付きだろうか。


体の表面を、溢れ出た≪魔力マナ≫が覆っていて、それが魔法の火から己が身を守ってくれていることに気が付いた。

おかげで、これまでよりも火傷の程度が軽く済み、≪オールドマン≫の吸精による自己治癒力が皮膚損傷の速度を上回ってほぼ無傷で済んだようである。


そればかりか、すでに負っていた火傷も回復し、もう体調万全と言える状態だった。


なるほど、≪魔力マナ≫は魔法を使うための対価であると同時に、その魔法から自分の身を守るための盾となるのか。


魔法発動時に≪魔力マナ≫で掌を覆えば、≪火弾ボウ≫の熱で焼かれずに済むし、これはまだ推測の段階だが、呼び出した火弾をこれで包めば、発射後も火球の形を保ったまま飛ばしたりできるかもしれない。


死んだアンザイルからは、もう≪魔力マナ≫を感じない。


だから死体はよく燃えるというわけだ。



さて、問題はここからだ。

ショウゾウは自らの失敗に動揺し、腰を抜かしているかのような演技をしつつ、周囲の状況を確認した。


目の前で起きた突然の事態に呆然としていたマシューがようやく動き出したが、アンザイルの死体には目もくれずにワイルドボアの死体があった辺りにおそるおそる歩みを進めた。


ワイルドボアの死体はもうすでに無く、焼け焦げた死体すらきれいさっぱり消えてしまっていた。


そして目を凝らして見ると、そこにはごろんとした茶褐色の結晶と古ぼけた指輪のような物がひとつ。


ここからではどんな意匠かわからないが、強い≪魔力マナ≫を感じる。


「……す、素晴らしい。これは大当たりだ。おそらく古代王国期の魔具だよ。こんなお宝、見たことないぜ。爺さん、あんたは本当にラッキー・オールドマンだよ!運よく、高品質の装備品や貴金属でも出たらと思っていたが、まさかこんな……、あんたは迷宮の父ヨートゥンにえらく好かれているみたいだなぁ」


マシューは傍らで黒焦げになっているアンザイルには一瞥もせず、興奮した様子で語りかけてきた。


「わ、儂の失敗のせいでアンザイルさんが……」


「気にするな。そんなのは些細なことだ。この素晴らしい指輪に比べたらね。どうやら≪老魔の指輪≫というらしいが、込められた魔力の効果までは俺の≪鑑定≫ではわからないな。ヒャッホウ!わかるか、爺さん。つまり、これはそれほどの品というわけだ!」


マシューは鼻息荒く、指輪を天に掲げるとそこでくるりと回ってみせ、一度白い歯を剥き出しにして笑うとまだ微かに燃え続けているアンザイルの死体を蹴った。


「俺の≪鑑定≫は大抵の品なら、それがどんな名前で、どんな効果を持っているかわかる。わからないのは特別な力が込められた魔具や神々の遺した秘宝の類だけだ。きっと途方もない価値だぞ。一生遊んで暮らせるほどのな」


「な、何かの間違いでは? ここは初心者向けのダンジョンだと仰っていたではありませんか」


「いや、間違いないね。いいか、俺の≪鑑定≫の力は本物だ。この力のおかげで決して実力的には武闘派とは言えない俺たちがB級にまでなることができたのだからな。他が見過ごしているようなギルドにとって価値あるアイテムを多く納品することで実績を積む。俺が、この俺の力が、あったからこそ今日がある。聞こえてるか、このデブ、聞こえているかって言ってるんだ!俺はお前のことが大っ嫌いだったん、だっ」


マシューは目を血走らせ、アンザイルの死体を蹴り続けている。


なにか危ない薬でもやってるんじゃないかとショウゾウは内心で呟きながら、この局面をどう切り抜けるべきかと思案した。


仲間意識が薄いのであれば、なんとか殺されずにやり過ごすことも可能かもしれない。


「……その指輪はもうマシューさんの物です。その≪魔法の鞄マジックバッグ≫も最初からあなたの物だったかのようにお似合いです。差し上げますよ」


「差し上げる? 今、そう言ったのか、爺さん……」


マシューはアンザイルを蹴るのをやめ、ショウゾウのほうへ、一歩、また一歩と大股で近寄って来る。


「はい。全部、差し上げるとそう言ったん……」


言い終えるのを待たずにマシューの蹴りが飛んできて、ショウゾウは仰向けに吹き飛ばされてしまった。


「な、何を……」


「爺さん、それはさっきまでの話だ。この指輪の所有者はもうすでにこの俺様だ。そして俺は、気が変わったんだ。この指輪は誰にも売らないし、誰にも渡さない。金に代えて、仲間と山分けなんてあり得ない。そう言っているんだ!」


マシューがそう言って手に持った指輪を嵌めてみせると驚くべき変化が起こった。


マシューの外見が、見る見るうちに老人の姿に変貌したのだ。





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