第22話 最悪の目覚め

最悪の目覚めだった。


全身を疼痛が襲い、疲労でまぶたが持ち上がらない。


おそらく全身に軽いやけどが残っており、完全な治療は受けられなかったようだ。


単純な肉体労働などとは異なる脳髄に張り付いたような疲れが体中に波及しているようで、これが極限まで魔法を使った場合の代償なのだなと実感できた。


とはいえ、気絶する前の実践を経て、認識できるようになった≪魔力マナ≫はかなり身の内に戻ってきていて、休息によりそれが比較的早く回復するのだというアンザイルの説明が正しかったのだと確認できた。



何はともあれ、意識は戻ったものの指一本動かすのも億劫な状態だったのでショウゾウはそのまま寝たふりを決め込むことにした。


まだもう少し休息が必要であったこともあるが、≪鉄血教師団ティーチャーズ≫の連中の興味深い会話が耳に飛び込んできたからだ。


「……それでは、私はギルドに戻って、ショウゾウの失踪報告をしにいきます。内容はそうですね……、野営中にショウゾウが突然姿をくらましてしまったので、皆は現地に残って捜索を続けているということで口裏を合わせましょう。あくまでも不慮の事故だったということで、私がいつも通り説明しておきます。徘徊癖がある老人だったということにすれば周りも納得しやすいでしょう」


「俺は念のためダンジョンの入り口を見張っておこう。こんなG級に来るのは駆け出し中の駆けだしだけだろうからそうそうやっては来るまいが、万が一ということもあるからな」


「ああ、二人とも頼んだぞ」


二人の人間が遠ざかっていく足音が聞こえる。


ここがどこなのかはわからないが、会話からすると少なくともダンジョンの中だろう。


連中の説明ではG級ダンジョン≪悪神あくしんいざない≫は、地下三階分のフロアからなる迷宮で、各フロアの床面積もそれほど広くはないらしい。


気を失ったのがたしか地下一階であったから、もしかするともう別の階層に移動させられている可能性もある。


それにしても先ほどの会話……。


いよいよ≪鉄血教師団ティーチャーズ≫の真の目的が明らかになりつつある気がした。


ボスモンスターが落とすという特殊なドロップ品、及び全財産の強奪。


それが済んだら、おそらく儂は殺されるのだろう。


平和呆けした頭で、当面の面倒を見てくれそうな者たちを見つけたとほんの少しだけ浮かれていたが、それは大きな間違いであった。



「それにしてもこの爺さんもついてるんだか、ついてないんだか。グリーンスライムの宝珠オーブなんか手にしなけりゃ、俺たちに目を付けられることも無かったろうに……」


「僕はついていると思いますよ。こんな皺くちゃになるまで生きられたんだし、それこそ万人に一人の幸せ者だ」


「まあな、俺らみたいな稼業じゃ早死にする奴も珍しくないし、長生きしたって、上位の迷宮に潜れなくなったら、飯の食い上げだ。いつまで支給されるのかわからない安い新人トレーナーの給与を当てにしてセカンドライフを考えなくてはならない俺たちに比べたら、まあ幸せな方かもな」


「そうそう。前向きに考えましょう。この爺さんにはせいぜい最後に役に立ってもらいましょう。僕らの素晴らしい老後の蓄えのために」


「そうだな、そろそろ始めるか」


誰かが立上り、こっちに近づいてきた気配があった。


ショウゾウは、≪魔法の鞄マジックバッグ≫から短剣を取り出そうとその辺りを静かにまさぐったが、無かった。


そう言えば魔法の特訓前に焦げるといけないとリーダーのマシューに取り上げられてしまっていたのだった。


「おい、ショウゾウ爺さん。起きろ。出番だぞ」


誰かに乱暴に足蹴にされ、ようやく目を開けてみるとそこにはマシューの姿があった。

その顔は、普段の愛想のよさからは想像もできないくらいに無表情で、虫けらでも見るような目をしていた。


マシューは、ショウゾウを掴み、無理矢理立たせると灰色の毛皮をした獣が横たわるその横で冷笑を浮かべているアンザイルの方に突き飛ばした。


その獣はイノシシによく似ており、前足、後足をそれぞれ縄で縛られた上で、腹を裂かれ、臓腑が零れ落ちていた。

目を閉じ、息も弱々しく、今にも息絶えてしまいそうな感じに見える。


「すごい生命力でしょう。こいつの名はワイルドボア。迷宮外にも普通に生息してますが、れっきとしたこのG級ダンジョンのぬしです。お年寄りにも簡単に殺せるように下ごしらえをしておきましたよ」


アンザイルはショウゾウの右手首をつかみ、ぐいっと引き寄せると背後から羽交い絞めにするようにして、獣の裂かれた腹の部分に掌を導いた。


「……殺れ」


ショウゾウの左手に魔法の増幅器たる杖を持たせ、耳元でアンザイルが囁く。


どうする?

いまならば、≪オールドマン≫でアンザイル一人ならやれる。


だがその後で、あの屈強そうなマシューをやれるのか?

マシューはここに来る途中の戦闘でも常に前衛を務めており、大剣の使い手だった。


B級の冒険者パーティということだが、その実力は儂などの比ではないと思う。


「どうしました? さあ、昨日教えた通り、≪火弾ボウ≫を発動させなさい。できるでしょう?」


アンザイルがその巨体に見合った魔法使いとは思えぬ握力でショウゾウの手首を締め付ける。


「や、やります。手首の力を緩めてくだされ。集中ができません」


もう腹をくくった。

のるか、そるか。


手首に加えられている力がざずかに緩むのを感じながら、ショウゾウはアンザイルに向かって≪オールドマン≫を発動させた。


ショウゾウの背中から、他者には見えないらしい≪オールドマン≫の不吉な光が溢れ、背後のアンザイルを包む。


吸え、全力で。

アンザイルの若さを、活力を奪い取ってしまえ。


アンザイルが脱力し、のしかかってくるのを感じながら、今度は瀕死のワイルドボアに向かって、≪火弾ボウ≫を発動させた。


失敗した時のイメージを思い起こしながら再現し、掌の先に出現させた火球を爆ぜさせる。

必要以上の≪魔力マナ≫を消費し、それにより同じ場所に同時に生じた複数の火球の形を留め置く意思を放棄する。


ワイルドボアが断末魔の声を上げる一方で、飛び散った火はショウゾウとアンザイルに燃え広がる


「うひゃあ、失敗じゃ」


ショウゾウはわざとらしくそう叫び、今度は逆にアンザイルの体にしがみついた。

そしてアンザイルに残されたエナジーで自分の体の火傷を治しながら、それを吸い尽くしてしまうと、地面を転げまわり、火が燃え移ったローブを必死で脱ぎ捨てた。


アンザイルはどうなったかと視線をやると、もう身動きすることも無く仰向けのまま炎に巻かれている。


でっぷりと肥え太った体はよく燃えるらしい。


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