第21話 悪神の誘い

歳をとると無表情になるとか、あるいは無感動になるとか人は言うがそれは恐らく脳の疾患や機能低下によるもので、さらには個人差もあるのだろう。


事実、ショウゾウは目の前の光景に圧倒され、心が自ずと震えてしまうような感動を覚えていた。


森を抜けた先に現れた巨大な遺跡群。


それは元にいた世界で見た如何なる遺跡、遺構とも異なる。

おおよそ人間の手から生み出されたものではないと明らかにわかる奇抜で高度な造形。


遠目に見ても素晴らしく、こうして間近に近づいて仰ぎ見たならば、その大きさと漂ってくる異様な雰囲気に誰もが息をすることすら忘れて、立ち尽くしてしまうことだろう。


「ショウゾウさんは、ダンジョンを見るのは初めてなんだよな?」


リーダーのマシューがじっと動こうとしないショウゾウに焦れたのか、声をかけてきた。


「ええ、その、忘れただけかもしれませんが、おそらく初めてだと」


「まあ、その様子ではそうなんだろうな。いいか、このオースレンの迷宮群は全部で四つのダンジョンからなる複合迷宮なんだ。入り口も四つあって、それぞれ難易度も違う。ショウゾウさんがこれからチャレンジするのはあの左端のG級。人呼んで≪悪神あくしんいざない≫だ」


「悪神の誘い?」


「そうだ。あまりに簡単で、最初の一回目はぼろ儲けできるもんだから、みんな、勘違いしてしまう。冒険者がおいしい稼業だってな。その旨みを忘れられなくて迷宮専門の冒険者になるものも多いが、その多くはいずれ命を落とすことになる。ランクがひとつ上がっていく度に難易度が跳ね上がるからな。この≪悪神の誘い≫はそうした愚かで、未熟な冒険者たちの呼び水なんだよ」


「そうした哀れな犠牲者を増やさないように、新人たちを啓蒙するのが我らの使命。そうですよね、マシュー」


話を聞いていた回復術士のマーロンがそう言ってマシューの方をポンと叩いた。


このマーロンという男は、鍛え抜かれた肉体を持つ大男で、口数が少なく、表情も乏しい。

話によると、命の属性の魔法使い、すなわち回復術士であると同時に格闘家でもあるらしい。




Gランクダンジョン≪悪神の誘い≫の入り口は、遺跡の端の方にある石造りの四角い開口部のようになっている。


それをくぐるとすぐに地下に続く階段があって、その地下へと降りていく通路は人工的な光を湛える不思議な石の照明によって照らされているため、少しの心細さも感じさせない。


未熟な冒険者たちの呼び水とはよく言ったものだ。


事実、この迷宮に出現するモンスターはどれも小型でそれほど獰猛そうな印象は受けなかったが、ショウゾウにとっては大きな試練となった。


「そうです!そのままっ、掌の先から押し出すようなイメージで」


魔法使いのアンザイルに教わった通り、ショウゾウは≪火弾ボウ≫を放ってみせた。


標的は≪鉄血教師団ティーチャーズ≫によって生け捕りにされ、手足を切断された小鬼ゴブリンだ。


ショウゾウから放たれた野球ボールほどの火球はゴブリンの胴体に命中し、飛び散るとその全身を焼き始めた。


試行錯誤すること十三回目での成功であった。


ショウゾウの右手は≪火弾ボウ≫発動の都度、焼け焦げ、その度に回復術士のマーロンの手当てを受けた。

最初の一回目などは危うく前腕部を焼失させてしまうところであったし、アンザイルの水魔法による消火が無ければ、そのまま火達磨になりかけたことが何度もあった。


身に纏ったローブはところどころ焼け焦げ、ショウゾウ自身の消耗も著しかった。


この魔法というやつは、思った以上に精神的、肉体的にも負担が大きいようだった。


火弾ボウ≫を発動すると、自分の中の≪魔力マナ≫というらしい何かが奪い取られるような感覚がある。


アンザイルによれば、魔法というものは魔法神の力を借りる行為であり、消耗した≪魔力マナ≫は魔法神への代価なのだとか。


強力な魔法を使うためには、それに見合った≪魔力マナ≫を支払わねばならず、それゆえに魔法使いはそれを増大すべく日々修行を続けなければならないのだとアンザイルは熱弁を振るっていた。


「ショウゾウ! あきらめたら、そこで人生の終わりですよっ」


火傷の痛みと≪魔力マナ≫喪失の虚脱感に苛まれ、「もう無理ですじゃ」と弱音を吐くショウゾウを鉄血教師団は許さなかった。


もし途中であきらめたら、治療はしないと脅し、この迷宮内に置き去りにするとまで言った。



本当に殺されてしまうのではないかという切迫した状況が生み出した、極限の集中力によってショウゾウは、魔法を使うために必要な感覚と≪魔力マナ≫の存在を認識し、それによって得られた力を制御するすべを体得した。


それは死の恐怖によって心身に刻まれた忘れ得ぬ経験であり、成功の瞬間、ゴブリンの死と共に脳内で響き渡ったあのファンファーレがより一層強い達成感と歓喜をショウゾウにもたらした。


その歓喜も束の間、ショウゾウは何かがプツッと切れた感じがして、視界が暗転するのを感じた。


「よくやった。ショウゾウさん。試練を乗り越えたな。厳しく指導してしまったが、これも全部あなたのためだ。恨むんじゃないぞ。おめでとう」


そのまま地面に吸い込まれそうになるのを誰かが抱き留めてくれた感触があった。


それが誰であったのかはわからなかったが、そんなことはもうどうでも良かった。


ショウゾウの脳裏にあったのはただひとつ。


命はなんとかつなぎとめることができたという安堵だった。


「終わった……」



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