第20話 疑念の心と確信

ショウゾウは革帽子の男の声など聞こえていないかのように、平静を装った。


そして迷うことなく、「偉大なる魔導神ロ・キよ、我は汝と契約する。あなたの加護をもって、敵を討ち貫く≪火弾ボウ≫を授けたまえ」と心の中でそう唱えた。


魔儀マギの書≫の最初のページ目に「火魔法」の題字が現れ、その下に≪火弾ボウ≫が記された。


『そうだ。いいぞ、さすがは俺が見込んだだけのことはある。そのまま、何事も無かったかのようにして聞け。魔導神ロ・キの名は決して他者に口外するな。そして、魔法を得たければ、人ではなく≪魔導の書≫を頼れ。今回は特別にリスクを取って会話しているが今後は一切お前の呼び掛けには応じない。この交信の魔法陣を通じて魔法を授けてやることはできるが、こうして会話をするのは今の俺にとって危険すぎるんだ。くそっ、やはりここまでのようだな。どうやらさっそく異変に気が付いたやつが……』


幻聴が途絶えた。

終りの方はかなり早口で、何やら切羽詰まったような感じだった。

革帽子の男は、何かトラブルのようなものを抱えており、そして敵対する何者かがいるようだった。


ショウゾウは浮かび上がった≪火弾ボウ≫の文字に見惚れるような表情をし、感激している風を装った。

そして内心で、独りちた。


革帽子の男よ、わかっておる。

お前のことですら、儂は信用などしていない。


迷わずお前の指示に従ったのは、お前の目的が果たされるまで、儂を生かしておくという確信があるからだ。

お前にとって利用価値がある限り、お前が儂を裏切ることはない。


こやつらよりはであったというだけのこと。



「おーい、ショウゾウさん。どうした? まさかそのまま昇天しちまったわけじゃないよな」


鉄血教師団ティーチャーズ≫のメンバーが集まって来て、マシューが顔の前で掌を振って確認している。


「おお、大丈夫ですじゃ。魔法を本当に覚えることができたという感激で固まってしまっておっただけです」


「ふふ、わかりますよ。僕もはじめてその書に魔法名が刻まれた時は同じでしたからね。さっそく使ってみたいところでしょうが、ダンジョンに着くまではやめておきましょう。≪火弾ボウ≫は火魔法の下級魔法ではありますが、初心者が最初に覚える魔法としては危険が大きい。扱いきれないと、火だるまになったり、この森を焼いてしまう恐れがある」


アンザイルは先ほどまでのいらだった様子はなく、口調は随分と穏やかになっていた。

表情にも余裕があり、笑みを浮かべている。


それにしても、色々とおかしいことが見え始めた。

新人を育てるという観点からいえば適さない≪火弾ボウ≫を無理矢理習得させたかと思えば、その覚えたばかりの魔法を今度は使うなという。


まるでこの≪火弾ボウ≫を使わせることが目的で、儂を育成することになど興味が無いようではないか。


鉄血教師団ティーチャーズ≫への疑念の心が膨らみ続けるのを感じつつも、ショウゾウはそれを彼らに悟らせぬよう平静を保ち、これまで通りの態度を心がけたのだった。




翌日、ショウゾウたちは森の奥に足を進め、ついにデンヌの迷宮群に辿り着くことができた。


オースレンからこの迷宮群までは森を抜けなければならなかったのだが、その途上は冒険者たちによって整備された林道のようになっていて、迷うことも無く一本道であった。


小鬼ゴブリン野狼ワイルドウルフ粘生物スライム

途中、魔物にも何度か襲われたが≪鉄血教師団ティーチャーズ≫がこれを撃退し、ショウゾウには決して近寄らせなかった。


ショウゾウにとっては安全で快適な移動だったが、ここでもやはり比較的弱いという魔物すら相手をさせてもらえず、新人冒険者の教育という観点からすると首を捻らざるを得なかった。


「それにしても、ショウゾウさんはえらい健脚なんだな。年齢を考慮して三日はかかるだろうと思っていたが、大したものだ。あなたぐらいの年寄りを見ることですら稀なのに、本当に驚きだよ。うちの親父なんかは七十前にはもう寝たきりだったのにな。まさに奇跡の老人だ」


リーダーのマシューが到着と同時にショウゾウに賛辞の言葉を送ってきた。


「いやいや、それはみなさまに守っていただいたからで……」


謙遜しながらもショウゾウはマシューと同様の驚きを自分自身に向けていた。


たしかにこの異世界にやって来てからすぐの時は疲れやすく、オースレンに辿り着くことですらやっとであったのだ。


あのレベルとかいう数値の上昇によるものなのか、それともスキル≪オールドマン≫によって数人の命を奪った効能なのか。

≪怪力≫のスキルを得たことによって全身の筋力が増加していることも影響しているかもしれぬ。


いずれにせよ、肉体に何らかの好ましい変化が起きたということは、確実であり、そのことが老いによって失われかけていた自信が少し甦る兆しのようなものをショウゾウは感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る