第16話 受付嬢ナターシャ
宿の部屋に戻ったショウゾウは、内鍵を締め、宿の主人に借りてきた灯りを壁の受け金具に掛けた。
そして用心深そうに周囲を一度見回すと、椅子に腰かけ、「魔導の書」を呼び出した。
名前:ショウゾウ・フワ
年齢:87
性別:男
レベル:2
種族:人間
スキル:異世界言語LV1、オールドマンLV1、忍び足LV1、怪力LV1、掃除LV1
「やはりそうだ」
あの冒険者ガルボーを殺して以降、魔物や複数の人間にスキル≪オールドマン≫を使用したのだが、自己の状態表示に何の変化も起きてはいなかった。
レベルが上がっていないということは、ファンファーレ現象とショウゾウが名付けたあの圧倒的な達成感と幸福感がやって来ていなかったので、薄々とはわかっていた。
だがスキルについては、もしかしたら増えているかもしれないと微かな希望を抱いていたのだ。
このことから導き出される答えは一つ。
≪オールドマン≫は、人間を殺さなければスキルを奪えない。
対象の種族については、あのグリーンスライムがスキルを持っていなかった可能性もまだあるが、少なくとも人間については、ほんの少し精気を失敬しただけでは駄目で、やはりしっかりと命を吸い尽くさなければならないようだ。
命がその本来の主の元を離れて、自分の元にやってくる際にそのおまけとしてついてくるのがスキルなのではないだろうか。
実際にこれまで得られたスキルはその持ち主の特徴を良く体現していると思う。
野盗からは≪忍び足≫、屈強な冒険者からは≪怪力≫、安宿の主人からは≪掃除≫といった具合に。
翌朝早く、扉の施錠が解かれると聞いたあたりの時間帯にショウゾウは冒険者ギルドを訪れてみた。
冒険者として自覚し、やる気を漲らせていたからではない。
年齢ゆえか、少し水分を取り過ぎたからか昨夜は何度も小便に起き、そのうちに眠気が去ってしまったのだ。
体調的には最悪である。
しかし、さりとてやることも他にない。
仕方なくといってもいい感じだった。
話には聞いていたが、この時間帯の冒険者ギルドはまさに戦争だった。
少しでもいい条件の依頼を受けようと冒険者たちがひしめき合っている。
ショウゾウはその喧騒を避けギルド内のカウンター近くでその様子を見物し、どのような依頼が人気なのか、そしてどのような冒険者が自分以外に在籍しているのか観察していた。
そしてやはり自分のように単独で活動している冒険者はほとんどいなかった。
あの≪希望の光≫のように、大抵が三人から五人程度の集団を作っていて、パーティと呼ばれるチームで依頼を受けている。
「ショウゾウさん、早いですね。依頼お決まりですか?」
さっそく一人目の冒険者の手続きを済ませた受付嬢のナターシャが次を待つ間に声をかけてきた。
「いえ、今日は見学だけ。前回来た時はもう残り物の依頼しかなかったので、朝一番ではどうかなと」
「ショウゾウさんはすごく真面目なんですね。やる気も、運もありますし、きっと冒険者としてやっていけますよ。私も応援します」
ナターシャはそのそばかすだらけの童顔に能天気な笑みを浮かべ、右腕を天井の方に突き上げてみせた。
「あの、ナターシャさん。ガイドに書いてあったんじゃが、パーティメンバーの斡旋もギルドでは行っておるんじゃろう?」
「ええ……ああ、はい。その……すいません! やってるにはやってるんですが、ショウゾウさんを受け入れてくれるパーティは無い、かもしれません」
ナターシャは顔を曇らせたまま、言いにくそうに言葉を選びながら答えた。
おそらく儂に配慮したつもりなのだろうが、逆にこういうのが一番傷つくんじゃが。
新人でしかも、こんな老いぼれ。
儂だってお断りだ。
自分が一番わかってる。
「ただ、聞いてみただけですじゃ。気にしないでくだされ。やはり、この老齢では誰かと一緒の方が心強いと、今回の依頼で身に染みたので……」
「ショウゾウさん……。あっ、でも一応希望者には登録しておきますね。私も思い当たるパーティに声かけてみますから」
後光が差し込んでくるように見えるナターシャの親身な態度に耐えきれなくなったショウゾウは、肩を落としギルドを後にした。
しかし、さらに翌日、思いもよらぬナターシャからの報せがショウゾウを驚かせることになる。
「ショウゾウさん!ショウゾウさんを引き受けても良いってパーティが現われましたよ」
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