第14話 ギルド長ハルス

マネッケン商会が目標としていた量の薬草を採集するのに五日を要した。


ショウゾウは、≪希望の光≫のメンバーとマネッケン商会の主任と共に冒険者ギルドに戻り、依頼達成の手続きを行っていた。


報酬は一日につき銅貨五十枚の日当制だったから、全部で二百五十枚。


ちなみに銀貨一枚で銅貨百枚の価値であることがわかったので、受付嬢に言って嵩張らないようにしてもらった。


ギルドに口座を作って、預かってもらうということもできるようだったが、日々の生活にも色々と入用であることから、とりあえずこの分は現金で受け取っておくことにした。



さて問題となるのは、このグリーンスライムの宝珠オーブの買取りだ。


同様に手続きを終えたハイエナどもが、他人の所有物に関することであるにもかかわらず期待と興奮を抑えきれないといった様子で傍に集まって来ている。


ショウゾウはその様子に気が付かないふりをしつつ、革の荷物袋から緑色の丸い球体を取り出すと受付嬢に見せた。


「ショウゾウさん! それって……まさか……」


「今回の依頼でこれを手に入れましてな。依頼主のマネッケン商会さんも買取を希望しているらしく、ちと相談をしたいのじゃが……」


「……ああ、ごめんなさい。私も目にしたのは初めてなもので動揺してしまいました。それってモンスターの宝珠ですよね。上の者を呼んできますので少々お待ちください」


慌てて奥の方に消えた受付嬢が連れて来たのは、このギルドの長であるという男と鑑定士だった。


「ショウゾウさん、とりあえず鑑定を行いますので、冒険者証を持って、こちらにどうぞ。後の方は申し訳ありませんが、ここでしばらくお待ちください」


ショウゾウは別室に案内され、そこで鑑定が終わるまでの間、ギルド長から宝珠を取得した時の状況などを事細かく聞かれることとなった。

案内してくれた受付嬢は、この鑑定に興味がありそうではあったが、しぶしぶ自分の業務に戻っていき、鑑定室の応接セットにはショウゾウとギルド長が向かい合って座る形となった。


「ええっと、ショウゾウさんだったね。改めまして、私がオースレンのギルド長を任されているハルスだ」


ハルスと名乗ったその男は白髪交じりの髪と髭をした貫禄ある感じの紳士だった。


「このような年寄りに丁寧な挨拶、痛み入ります」


「いや、ナターシャくんからかなりの御高齢だとは聞いていたが、前職は何をなされていたのですかな」


なんだ、こやつ。

鑑定とは関係なかろう。

何か疑っているのか?


「すいません。お答えしたいのですが、頭でも強く打ったのか、この高齢だからか、オースレンに来る前の記憶がほとんどないのです。身分を証明することもできず、所持金も心もとない状態で、それでやむなく冒険者になったのですが……」


「なるほど。それにしても初依頼でレアドロップを体験するなんて、ショウゾウさんは強運の持ち主ですね。まだ鑑定中ですが、あれはおそらくグリーンスライムの宝珠オーブで間違いないでしょう。私も現役時代にいくつか別のモンスターの宝珠を手に入れたことがあるのですが、なんというか雰囲気が似ている」


「モンスターの宝珠とは一体、何なのでしょうか?」


「ふむ、まさにその問いの答えを知るために多くの人間がこれを研究しているのです。寿命を迎えるほどに長く生きた魔物がその体内で作り出す謎の物体。それがオーブです。オーブには不思議な力があり、ショウゾウさんが手に入れたグリーンスライムの宝珠には癒しの魔力が秘められていると言われています。ただの水を傷を治す魔法の薬に変えたり、回復術士の癒しの力を高める効果もあると聞きます。マネッケン商会が欲しがっているのは、それをポーションの製造にでも使いたいのでしょう。あそこの高級回復薬には以前からオーブの力を使っているという噂でしたからね」


なるほど右も左も分からないこの世界の事情が少しずつだが分かってきた気がする。


「ギルド長、これはまさしく本物に間違いありません。しかも傷一つない完品です。どうやったら、これほどまでに良い状態で入手できるのか、ぜひご教授いただきたいですね」


まだ二十歳そこそこの鑑定士が興奮した様子で報告してきた。


鑑定士によると、モンスターの宝珠はその討伐の過程で多少の傷がついてしまうことが多いらしく、しかも完全に成熟しきった状態の物はなかなか無いらしい。


「グリーンスライムは魔物の中でも最弱に位置する種族の一つですからね。寿命を全うする前に死ぬことがほとんどなので、このオーブはそう言う意味でも本当に貴重ですよ。本部でも研究資料として欲しがるかもしれませんね」



自分が期待していた以上の価値があったらしく、冒険者ギルドの査定額は金貨八枚だった。

買取金額からいっても、倍以上も違うし、マネッケン商会には諦めてもらおう。


あと問題となるのが配分だ。

何もしてないくせに、分け前にありつこうと考えている≪希望の光≫の面々の顔が浮かび、気前よく四等分にするのが馬鹿らしくなってきた。


幸い、この場にはあの者たちはいない。


ショウゾウは冒険者ギルドに口座を作り、半分をそこに貯金することにした。

残り半分を現金で貰い、≪希望の光≫には金貨四枚の買取であったと報告しよう。



「あの、ギルド長様……」


「おっと、ショウゾウさん。様なんか付けないでくださいよ。ハルスで結構です。あなたの様な人生の大先輩にそのような呼ばれ方をしてはこっちが恥ずかしくなってしまう。困りますよ」


「そうですか。ではハルスさん、実はあの宝珠なのですが、マネッケン商会も非常に興味を示しておりまして、譲ってほしいとせがまれておるのですが、何とか揉めずに済む方法はないでしょうか? 儂のような年寄りができる依頼は限られており、しかも掲示板を見たところ、あの商会の仕事がかなり多い印象でした。恨まれてはこれから先、冒険者としてやっていきづらくなるのかと……」


ショウゾウは悲壮感を漂わせながら、床に目を落とした。


貰うものはしっかりと貰っておくが、袖にした方のケアもしておかなければな。



取得時の状況を細かく聞かれた後、冒険者ギルド側とマネッケン商会の主任との間で話し合いが行われた。

買取はギルドが行い、諸々の研究が済んだ後、取得者ショウゾウの意向を尊重して、マネッケン商会に優先的に払下げされることが決まった。


オースレンの冒険者ギルドとしてもマネッケン商会はお得意様であり、良好な関係を維持し続けたい考えであったので、これで丸く収まったわけである。

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