第11話 希望の光

翌朝、集合場所に指定されていた北門前に行ってみると依頼主であるマネッケン商会の社員たちが来ていた。


マネッケン商会というのはオースレンの町を代表とする商会のひとつで、冒険者ギルドの良いお得意様だと受付嬢が話していた。


朝ここに来るときに少し散策してみたのだが、このオースレンの町は自分が思っていたよりも大きく、建物も多かった。

これだけの規模の都市を代表する商会なのであれば、組織や人員などもそれなりの規模なのだろう。


なんとかうまく取り入ることができないだろうか。

そうすれば危険な冒険者などやらずに済む。


一番乗りだったショウゾウは、さっそくマネッケン商会の担当主任に挨拶し、募集に応じてきた冒険者である旨伝えたが、少しがっかりしたような顔をされ、不快な気分になった。



その後、しばしの間待っていると、三人組の若者がやって来た。

少年二人に、少女一人。

どうやら、自分も含めたこの四人と社員たちで薬草取りをするらしい。


採集作業の他、商会の人たちの護衛も仕事内容に含まれているらしく、まずは役割分担をするために互いの自己紹介をすることになった。


「はじめまして!私たち、≪希望の光≫というパーティを組んで活動してます。私はエヴィ、こっちの背が高い方がリーダーのコービーで、眼つきが悪い方がジャンです」


紅一点のエヴィが愛想よく説明し、あとの二人はどこか馬鹿にしたような表情でこっちを見ている。


この三人はオースレン出身の幼馴染同士だそうだ。

自分と同じく駆け出しの冒険者で歳は十四、五。

ランクは全員、ショウゾウと同じGであるということだった。


「この二人、強がって態度悪いですけど、私たちまだほとんど経験が浅くて。大先輩、どうぞよろしくお願いします」


「あ、いや、儂もこう見えて新人で……。名前はショウゾウといいます。こちらこそ、足を引っ張らないように頑張りますので、どうかよろしくお願いします」


「ケッ、マジかよ。こんなに老いぼれてるのに新人?」


眼つきが悪い方と紹介されたジャンが吐き捨てるように言い、リーダーであるらしいコービーもあきれたような仕草をした。


「それでショウゾウさんは何が得意なのかしら? 見た目からすると、私と同じ魔法職よね?」


何と答えるべきか。

この異世界に来てまだ三日目。

未だ魔法など見たこともないし、存在するのかさえわからない。


「おい、エヴィ。この爺さんが何ができようが関係ないだろ。どうみても生きてるのがやっとという感じだぜ。ダンジョンに潜ろうというわけじゃないんだ。デンヌの森の比較的浅いところなら、弱いモンスターしか出ないし、俺たちだけで十分だ。爺さんは頑張って薬草を取る。俺たちが交代で見張りをすれば問題ない」


リーダーのコービーがいらだった様子で強引に会話に割り込んできた。


「それで報酬一緒じゃあ割に合わねえな。爺さん、戦わないなら雑用はほとんど全部やってもらうからな。あとは、倒した魔物の素材は、倒した奴の総取り。これでいいだろう」


ジャンはそういうともうジジイと話すことはないとばかりに「解散、解散」と離れて行ってしまった。


マネッケン商会の担当主任に確認してみると、採集した薬草はその場でマネッケン商会に全部納品する取り決めだが、襲ってきた魔物を倒した場合の戦利品は自由処分になっているという話だった。


魔物の戦利品とは何か聞きたかったが、プライドが邪魔して聞きそびれてしまった。



予定人数の全員が揃ったということで、さっそく北門から出て、デンヌの森に向かうことになった。


担当主任が指示したある場所から森に入ってすぐにところに、人の手で切り拓かれた広場があり、そこが野営の拠点であるらしい。

この場所はマネッケン商会が自社製品であるポーションを作るための薬草を採集するために整備した野営場で、井戸もある。


さっそく皆でテントを張ったり、焚き火の準備をしたのだが、見た目の歳の割にはなんとか一般人並には動ける年寄りだと皆にすこしだけ見直された。


「魔導の書」によれば、巨漢の冒険者ガルボーから奪った≪怪力LV1≫は、自分の素の筋力を二割増しにする効果があるとのことで、その恩恵により、見た目よりはテキパキ動く老人という印象を与えることができたようである。


とはいえ、所詮は八十七歳の老人の二割り増しである。


レベルアップによってどれだけ体が強くなったかわからないが、結局非力であることに変わりはない。


身体を痛めぬように軽作業にとどめ、重い荷物はさすがに遠慮させてもらうことにした。



採集作業が始まるとショウゾウは指示された種類の薬草を、専用の鎌でせっせと集め始めた。


この薬草は、根から下を残したまま、その上だけを刈り取ると数日後にはまた生え始めてくるほど生命力に満ちており、切り傷などの外傷によく効き、血止めの効能もあるそうだ。


「ふぅ~、斜面で中腰はきついわい」


若い頃は剣道や柔道などで体を鍛え、ゴルフも100を切る程度の腕前はあったショウゾウであったが、やはり寄る年波には勝てず、すぐに疲れが見え始めていた。


しかし、自分より若い連中に馬鹿にされたくないという思いと、持ち前の集中力から作業に没頭し、気が付くと周りには誰もいなくなってしまっていた。


しまった。孤立してしまっていると慌てて周囲を見渡すと離れた場所に≪希望の光≫の少女エヴィの背中を見つけることができた。


だが、安堵したのも束の間、目の前に奇妙なものを見つけてしまった。


それは緑がかった緑色の半透明な物体で、大きさはちょうど今ショウゾウが背負っている薬草を入れる籠くらいの大きさだった。


もぞもぞと薬草が生えた地面の上で蠢いており、その動きは緩慢そうに見えた。


「なんじゃ、これは生物なのか」


ショウゾウはその初めて見る蠢くものに恐る恐るあっちに行けと鎌を振るって威嚇した。


次の瞬間、動きが遅そうに見えたそれが、突如飛び掛かりショウゾウの顔を覆い尽くした。


見た目通り、ゼリー状の体はひんやりしていて、思ったよりしっかりした感触があった。


ぐっ、息ができない。

声も出せぬ。


ショウゾウは必死でそれを引きはがそうとするが、ぶよぶよしたその身体は掴むことは出てもすぐに形を変えてショウゾウの両手の指から逃れていってしまう。


鼻の穴や口から侵入しようとしてきて、ショウゾウは完全にパニックに陥ってしまっていた。


くそっ、なんだこいつは。

これが魔物というやつなのか。

こんなつまらぬところで、儂は死ぬのか?


いやだ。

ようやく少し光明が見えてきたところであったのに!


死にたくない。


ショウゾウは藻掻き、両足をばたつかせながら、必死で≪オールドマン≫を発動させてみた。


人間以外に効くのかは試したことはない。だが、儂がすがれるのはもうこのスキルしかないんじゃ。


その願いが通じたのか、ショウゾウの全身からあの不気味な光がほとばしり、半透明の動くものを包み込んでいく。


「ショウゾウさん!」


異変に気が付いてくれたのか、エヴィという少女がすぐそばまで来ていた。


だが、エヴィが駆け寄るより早く、ショウゾウの顔に張り付いていた物体は突如、張りのようなものを無くし、ただの粘液のようになって溶けてしまった。


「ゔぉ、おぼろぉ、おえぇえええ」


起き上がり、突然臭くなった粘液を吐き気に身を任せ、全力で吐き出していく。

鼻を手でかみ、何度も嗚咽した。



エヴィに背中をさすってもらい、ようやく落ち着いたショウゾウは、悪臭漂う液体の中にこぶし大の丸い物が落ちていることに気が付いた。


拾って、詳しく観察していると、隣のエヴィがまだ幼さの残るまなこを見開いて、驚いたような声を上げた。


「ショウゾウさん! それ、グリーンスライムの宝珠オーブですよ。すごいなぁ、私、初めて見ました。レアドロップですよ」




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