第9話 悪の光明
名前:ショウゾウ・フワ
年齢:87
性別:男
レベル:2
種族:人間
スキル:異世界言語LV1、オールドマンLV1、忍び足LV1、怪力LV1
「魔導の書」が表示した内容を眺めながら、ショウゾウは思わず唸ってしまった。
この少ない文字数に込められた重要な情報を少しも見逃すまいと杯に残った蒸留酒のことなど忘れ、食い入る様に本にしがみついた。
年齢が88歳だったはずなのに、数字が87に変わっている。
「……若返ったのか!」
これまで二人の人間に≪オールドマン≫を使用して殺めたが、命二つで1歳分という計算なのだろうか。
それとも奪い取った精気の量に応じてなのか。
いずれにせよ光明が見えてきた。
この調子で≪オールドマン≫を使い、精気を奪い続ければ、老いによる死の破滅を迎えずに済むかもしれない。
永遠に生き続けられる。
そして永遠に絶頂でいられる。
「素晴らしいぞ。オールドマン。これは本当に素晴らしい」
ショウゾウは少しの間、歓喜に打ち震え、じっと87の数字を眺めていた。
「おっと、こうしてはおれん。まだ儂にはすべきことが山とある。死体の処理方法もそうだが、何か他にも有用な情報はないか……」
ショウゾウはふと我に返り、そしてスキル欄に注目した。
≪忍び足LV1≫、≪怪力LV1≫が追加されている。
順当に考えれば、あの野盗とガルボーから奪ったとも考えることができるが、それ以外の可能性も当然あるだろう。
それとレベルとかいう数値が2に増えている。
レベルとは何か。
水準。あるいは何かの高低の度合い。
この場合はレベル1だった儂と比較しての2だろうか。
息子がいい歳になってもやり続けていたテレビゲームでは、強くなることをレベルアップというらしいことは知識の上では知っていた。
しかし、人間がある瞬間に突然別人のように強くなるなど有り得ず、ゲームなど所詮くだらない子供のおもちゃだと馬鹿にしていた。
「つまり儂はレベルアップしたのだな。誰かを殺すと強くなり、スキルを得られて、若返る。殺せば殺すだけ道が拓けるということか」
これで、これから先の行動の指針が立てられる。
何せ、数十億の資産を失い、有効利用できる人脈も権力の残り火のようなものもすべて失った裸一貫の状態なのだ。
このホームレスも同然の状態から再び人生を立て直していかねばならない。
ショウゾウは今、久しく忘れていた生きる喜びを実感していた。
大志と夢を抱き、初めて上京した時のあの高揚感と胸の高鳴りが蘇る。
ショウゾウはまず「魔導の書」を「ブック」と唱えて消し、ガルボーの衣服を剥ぎ取るとそれを丸めた。
そして部屋に備え付けてあった灯りと皿に溜まった獣脂を使って、それに火を点け、寝台の上の布にさらに火を燃え移らせた。
人間の死体を自ら焼いて処分するのはたぶん人生で二度目だ。
もうはっきりとは思い出せないが、たしかヒノデ新聞の記者の時のことだったように思う。
いや、ちがうか。千葉の某娯楽施設誘致に絡むあの一件の時だ。
あの時はもう二度とこんなことはしたくないと思ったものだが、因果なものだ。
火が大きくなるのを待つ間に、ガルボーの腰袋を検め、中に冒険者証と金があったので、袋を腰から外して自分の腰に結わえ付けた。
身元を証明する物はここには極力残しておきたくない。
どうせ火事で燃えるだろうが、この男には儂の身代りになってもらわなければならない。
名前も分からなくなっていた呆け老人が火の始末を怠り、宿の部屋ごと焼死。
これがショウゾウが思い描いたプランだった。
机や椅子を壊して炎にくべ、ガルボーの上半身、特に頭部がしっかり焼けるように火を誘導する。
「もーえろよ、もえろーよ。炎よ、もえーろー」
この部分しか覚えていないが確か孫と行った最初で最後のキャンプで、肩を抱き一緒に歌った記憶がある。
獣脂のおかげで火はあっという間に勢いを増し、寝台の上のガルボーの死体を包み込み始めると、室内は異様に赤く、明るくなり、肉の焦げるにおいが立ち込め始めた。
ショウゾウはきつくなった上着をようやく脱ぐとそれで頭部を覆い、顔を隠した状態で部屋の外に出た。
持っていくのは、ガルボーの腰袋と自分の冒険者証、ギルドの案内用冊子、所持金が入った革袋、そして短剣だけだ。
麻袋と中に入っていたものはそのまま置いていく。
燃え残った際に、自分が死んだのだという有力な証拠になるからだ。
夜が遅かったこともあり、幸いにもまだ火事は誰にも気が付かれていないようだった。
ショウゾウは階段を降り、あと少しで建物の外に出られるというところまできたが、ここで宿の主人に出くわしてしまった。
「おい、待て!怪しい奴め。この野郎、どこへ行く?」
宿の主人に羽交い絞めにされ、それをなかなか振りほどけずにいると、外の方から「火事だー。ヤンさんとこの宿が燃えてるぞ」という叫び声が聞こえてきた。
くそっ、やむを得ない。
死んでもらおう。
ショウゾウは≪オールドマン≫を使い、宿の主人の精気を一気に吸い尽くそうとした。
羽交い絞めの状態だったのが、やがて逆に負ぶさり、寄りかかってくるような感じになる。
そして白髪の生えた禿げ頭になった宿の主人は床に倒れ、大人しくなった。
手で直に触れてみて、宿の主人が絶命していることを確認したショウゾウは、扉の閂を外して、屋外に逃げ去った。
お前が悪い。儂の邪魔をしたお前が悪いのだと呟きながら。
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