第8話 ファンファーレ

宿に戻った不破昭三はテーブルに腰かけ、先ほど受け取ったばかりの冒険者証を眺めていた。


冒険者名:ショウゾウ

ランク:G


ショウゾウ。ふん、ショウゾウか。


まあ、こんなわけのわからない世界に連れてこられて、不破の家もへったくれもないわな。


不破昭三は、ただのショウゾウになったわけか。


「晩年に訪れた、新たなる人生に乾杯……」


不破昭三改め、ショウゾウという名になった老人はまんざらでもないという顔をしながら、杯に1センチほど注がれた蒸留酒をちびりと啜った。


この蒸留酒は食堂で相席になった客が気前よく分けてくれたもので、味は芋焼酎に似ていた。


ここ数年は体調が悪く、一滴も飲んでいなかったのだが、久しぶりに口にしたアルコールは強烈で思わずむせてしまった。


苦しい。せめて水で割るのであった。


ショウゾウが床に膝をつき、せき込んでいると、扉をノックする音が聞こえた。


「くそっ、誰だ。儂はそれどころじゃ……」


仕方なく、扉を開けてやると突然、太く鍛えられた腕がぬっと入ってきて、ショウゾウの首を掴み、そのまま体を寝台に押し付けてきた。


口を塞がれ、声が出せない。


獣脂が入った石の容器上で灯る火に照らされたその闖入者の顔をよく見ると、昼間、ギルドで絡んできたあの大男だった。


たしか、名前はガルボー。


スキル≪オールドマン≫により、三十手前ぐらいだった外見から、一気に十歳は老けた様子で、髪にも一筋の白髪が生えていた。


「じじい!この俺に何をした。答えろ!何をしたのかって聞いてるんだ」


ガルボーはすっかり逆上していて、冷静さを失っているように見えた。


お前の手が邪魔で答えようにも答えられんのだとフガフガ言いながら、内心で逆にこれは好機だとほくそ笑んだ。


発動しろ、オールドマン。こやつを老人にしてしまえ!


ショウゾウの求めに応じるかのように、全身から不吉さを感じる異様な光が溢れ出てきて、ガルボーを包み込む。


「ぐぁあ……、じじい……」


ガッツの喉を絞めつけてくる力が弱まっていく。

覆いかぶさっているガルボーの重さが少しずつ軽くなっていき、ついには身動きしなくなった。


「な、なんじゃ? 今頃になって酔いが回ってきおったか?」


ショウゾウの脳内に何か温かいものが注ぎ込まれてくるような感覚があり、さらに全身に力がみなぎってきた。


これまでの成功だらけの人生であっても感じたことがないような達成感と幸福感が心の中を埋め尽くし、まるで脳内でファンファーレが鳴り響いているかのようであった。


ショウゾウは痩せこけて、かなり小さくなったガルボーの体を撥ね退け、自分の体に起きた変化を確かめようとした。


何やら力が湧いてきて、背筋が伸びたような気がする。

そして、心なしか着ている服が窮屈になってしまったようだ。


老斑や皺はそのままだったが、少し手も大きくなったような……。


ショウゾウは床に転がっているガルボーの変わり果てた死体を掴み、一気に寝台の上に乗せてみた。


軽い!


いくら老化によって筋肉が萎み、骨がスカスカになっているのだとしても脱力した人間の体がこんなにも軽く感じるとは……。


「まてよ……、落ち着け。まさか、これはひょっとすると……」


ショウゾウは、「魔導の書」を呼び出し、「イルヴァース世界における不破昭三」について再び表示するように命じた。


名前:ショウゾウ・フワ

年齢:87

性別:男

レベル:2

種族:人間

スキル:異世界言語LV1、オールドマンLV1、忍び足LV1、怪力LV1


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