第7話 冒険者ショウゾウ
翌朝、お人好しでお節介焼きなあの門番が、頼みもしてないのにまたやってきた。
もし自分の父親が生きていたらちょうど同じぐらいの年恰好だろうかと、どうにも気になって様子を見に来たらしいが本当のところはわからない。
この門番の名は、サムス。
このオースレンの街の門番で、夜番を担当しているらしい。
「俺の親父は今生きてたら、七十前後ってところなんだが、かなり早くに亡くしちまってさ。あんたぐらいのお年寄りを見るとどうにも放っておけなくてな。それにしても爺さん、昨日よりだいぶ落ち着いたようだが、これから先どうするつもりなんだ。 当てはあるのか?」
「……あてというほどのものではないのですが……冒険者という職業を御存じでしょうか?」
「おいおい、本気かよ。冒険者が何なのか知っているのか?」
「いえ、実は廊下ですれ違った他の泊り客にそう言われたのです。この町で、あんたみたいな爺さんが金を稼ぐ方法は、冒険者か、犯罪者くらいだろうって……」
「酷い奴だな。う~ん、でも、まあ、あながち間違ってもいないか。この町で暮らすには納税の関係で身分を証明するものがなくてはならないし、冒険者になれば城の役人のところに行かなくても、とりあえずはその目的だけは叶う。物乞いしようにも衛兵に見つかってしまったら、身分を証明できない時点で町の外に追放されてしまうか、運が悪ければ牢獄行きだ」
「身分を証明……。なるほど、それで冒険者というのは何をする職業なんでしょうか?」
「まあ、何でも屋さ。腕っぷし一つで様々な依頼をこなし、その対価を貰って日銭を稼ぐ。魔物退治から、薬草、鉱石などの採集、品物の配達だとか、排水溝の掃除といった雑用まで仕事の内容は何でもありだ」
魔物がいるのか。
そんなのと戦わされてはかなわんが、薬草を取ったりとかならなんとかなるか?
「なるほど、それなら儂にもできるかもしれません」
「だがな、冒険者の報酬は危険なほど高額になる。さっき話した雑用みたいなもんは報酬が安すぎて相当な数をこなさなきゃならん。爺さんにそれができるか?」
「まあ、しかし、お金を稼がなければ生きられませんから……」
「可哀そうだが、うちも子だくさんでな。爺さんの面倒見る金銭的な余裕は無いんだよ。昨日の宿代だって、嫁さんにばれて大目玉喰らっちまった」
「それは本当に何とお礼を言ってよいやら……」
良いことをしたと如何にも満足顔のサムスが帰った後、不破昭三は教えられた冒険者ギルドなるものを訪ねてみた。
道往く人に尋ねながら、何とか辿り着き、扉を開けるとそこは不破昭三にとって、まったくの未知の世界であった。
広い室内には武装した男女がたくさんいて、活気ある様子であったが、不破昭三の姿を見るなり、皆静まり返り、怪しむような視線をこちらに向けてきている。
よそ者、それもとんでもない高齢の爺がきたとでも思っているのだろうか。
その気まずい雰囲気の中、不破昭三はいそいそと奥のカウンターに向かい、そこに立っている女性の前に立った。
よくわからないがカウンターの向こうにいる限り、この組合の人間なのだろう。
「何かの御依頼でしょうか?」
どうやら冒険者ギルドに依頼を持ち込んできた依頼主だと思われたらしい。
「いや、その、冒険者になりたいんじゃが……」
不破昭三の答えに、ギルド内に大爆笑の渦ができた。
「おいおい、爺さん。気は確かか? もう棺桶に両足突っ込んだようなおいぼれには無理だって」
筋骨たくましい鎧姿の男が馴れ馴れしく、不破昭三の肩を掴んできて、歯糞だらけの口を見せびらかすように不敵な笑みを浮かべた。
くそっ、この若造が!
その汚い手を放せ。
そんな馬鹿力で掴んでは痛いではないか。
思わず感情が高ぶってしまって、スキル≪オールドマン≫を一瞬発動してしまった。
どうやら触れるのは自分の手のひらでなくても良いらしく、身体の一部であればどこでもいいらしい。
鎧姿の男から流れ込んでくる精気で、気分が少し良くなった。
「あれぇ~、あへぇ……」
慌てて、≪オールドマン≫の発動をキャンセルしたが、もう少しだけ生気を吸ってしまったらしく、鎧姿の男がぺたんと尻餅をついた。
そしてそのまま前につんのめり、床に倒れたまま動かなくなった。
「おい、あの鬼熊殺しのガルボーがやられちまったぞ」
「あの爺、ひょっとして魔術系のスキル持ちなのか」
周囲がざわめき、馬鹿にしたような嘲り笑いが止む。
不破昭三は、≪オールドマン≫発動時の禍々しい光を誰かに見られてしまったのではないかと心配になったが、幸いその場にいた者たちには何が起こったのかわからなかったようだ。
床の上に倒れたままになっている鎧姿の男の顔を見たが、少し目じりとほうれい線がくっきりした程度で年寄りにはなっていなかった。
男は肩で息をし、何が起こったのかわからない様子でまだ立ち上がれないでいる。
危ない。いきなり問題を起こすところだった。
不破昭三は平静を装い、何食わぬ顔で再びカウンターの向こうに立つ女性に話しかけた。
「ああ、ええと、どこまで話しましたかな。そうだ! 冒険者になりたいんじゃが、無理ですかな? 」
「いえ、冒険者になるには十四歳以上であれば他に条件などは特にないのですが、その、本当によろしいのですか?」
「はい。実は身寄りもなく、職もないままこの町に来てしまい、このままでは路頭に迷ってしまいそうな身の上なのです。身分を証明する手段も無くて、とりあえず身分証だけでもと思い……」
「ああ、そう言うことだったんですね。大丈夫ですよ。でも、登録はできますが、一定の活動をしていただかないと登録抹消になってしまいますし、人頭税込みの手数料も銀貨一枚発生しますがよろしいですか」
銀貨一枚。
どのくらいの価値か、まだわからないが全財産のおよそ半分を失うのは正直痛い。
それに人頭税だと?
こんな年寄りになっても免除されないなど、この街の領主はとんでもない外道に違いない。
「この年寄りに免じてもう少し安くならんじゃろうか?」
「すいません。規則なので……」
やむを得ない。
こんなわけのわからない世界で、情報もないまま、孤立しているのは危険だ。
それに、とりあえずは何かのコミュニティに属していないと、人生というのは
「はい、確かに受け取りました。それでは登録の手続きに入りますが、まずはお名前と年齢を教えてください」
「名前はフワ・ショウゾウ。年齢は八十八歳」
「えっ、フワ・ショウゾウ様は元貴族か何かなのですか」
受付嬢の話ではこの世界では姓を持つことは珍しく、平民は名前だけなのだそうだ。
まずい。
今はまだ目立ちたくない。
「いえ、歯が揃ってないもので、フガッって音が入ってしまっただけだ。フガッ、ショウゾウみたいな感じで……」
「ああ、そうですよね。貴族の方がこの年齢で冒険者になりたいなんて言うはずないですものね。了解しました。ではショウゾウ様、このオーブに手を当ててください」
不破昭三は言われるがままにカウンターにセットされた丸い宝玉に右手を乗せた。
するとその宝玉は淡い光を湛え、そして受付嬢が名刺よりも一回りくらい大きい四角い金属板を手渡してきた。
「これがギルドの一員であることを示す冒険者証です。様々な機能があって、身分証明にもなりますから、無くさないでくださいね。再発行にはまた銀貨一枚かかりますので。それと当ギルドについての詳細はこちらの冊子に書いてあるので、後でしっかり読んでおいてくださいね。わからないことがあればこちらのカウンターで詳しくお教えしますよ、ショウゾウさん」
自分の孫より若そうな受付嬢から受け取った冒険者証をまじまじと見つめた。
どのようにしてこの短時間で作ったのかわからないが、かなり凝った見た目だった。
銀色の光沢がない金属片に文字が浮き出ている。
冒険者名:ショウゾウ
ランク:G
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