第5話 実験

「た、助かった。オールドマン……。まさか相手を年寄りにする力であったとは……」


この≪オールドマン≫の効果なのであろうか、額の傷は癒えて、全身の疲労感や痛みも消えていた。

もしかしたら、相手の生気のようなもの吸ったことで、若返っているのではと淡い期待も寄せたが、自らの手の甲を見る限り、変化は感じ取れなかった。


相変わらず節くれだっていて、皺と染みだらけの醜い手だった。


「≪オールドマン≫がどのような力か、何となくはわかったが、まだ把握しきれてはおらん。この力は非力な儂の命綱だ。もう少し調べてみよう」


不破昭三は恐る恐る年老いた野盗の傍らに歩み寄り、少し実験することにした。


「おい、盗っ人。ジジイになった気分はどうだ。おい、聞いてるんだぞ。答えろ」


不破昭三地面に落ちていた短剣を拾うと、お返しとばかりにその柄で野盗の頭を殴りつけた。

その部分からは血が出ていたが、野盗は声にならない悲鳴のようなものを漏らしただけで、特に動こうとしない。


「なるほどな。歳を取りすぎて、状況が分からなくなっているようだな」


不破昭三は手のひらを野盗の頭に触れないギリギリの位置に近づけ、≪オールドマン≫を発動させてみたが、何も変化はなかった。


先ほど、使用してみた感じでは、どうやらスキル名を念じたり、発声するのではなく、相手に危害を加えようという意思のようなものが必要であるようであった。


今回もこの野盗に危害を及ぼそうという明確な意思があったのだが、どうやら他にも発動条件があるらしい。


「これなら、どうじゃ?」


今度は野盗のはげかかった白髪頭に手をしっかりと当て、もう一度≪オールドマン≫を発動させてみた。


すると野盗の顔の老化が進み、さらに見た目が萎んでいったがある瞬間から、その変化は止まり、≪オールドマン≫も発動しなくなった。


その瞬間とは、野盗の死だ。


死の瞬間、不破昭三の脳内に何か心地の良いものが注ぎ込まれたような快感があり、それと同時にこの野盗が息絶えたという確かな実感があった。



これで≪オールドマン≫は、生者に対してのみその効力を発揮し、死者にはまるで意味をなさないものであるということが判明した。

そして、自らの手で触れなければ、相手にその効果を及ぼすことができないという欠点も明らかになってしまい、不破昭三は少し落胆した。


老いた自分の緩慢な動きでは相手に触れること自体が困難で、今回のように相手が油断しきって触れさせてくれなければ攻撃手段としては使えそうもない。


「まあいい。性能にあった使い方をすればいいだけだ」


不破昭三は再び「魔導の書」を出現させると付近の地図の表示を「チェンジ」で要求した。


この≪オールドマン≫という能力は直接相手に触れてはじめて効果を発揮するスキルであり、野生動物などには効かないという可能性もあるので、このような場所に長居することは危険であると不破昭三は考えた。


人がたくさんいて、平穏な場所にいてこその異能。


少なくても現時点ではそう評価を下すしかないスキルだ。


とにかく、どこか町のようなところに辿り着かなくてはならない。

異世界言語とかいうもう一つのスキルの効果も確かめる必要があるし、何よりこのような外灯もない暗がりでいつまでもいるのは、先ほどのような野盗や危険生物と遭遇する可能性があり危険だと判断したのだ。


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