第4話 オールドマン
いつまでも全裸でいるわけにもいかないので、麻袋に入っていたセンスの悪い地味な服に着替え、森からの脱出を試みることにした。
短剣片手に、木々に目印をつけながら、「魔導の書」に図示させた付近の地図を頼りにひたすら歩くこと十数分ほど。
街道は、整備が行き届いてはおらず、舗装などもされていないため、このイルヴァースとかいう世界の文化レベルの低さが見て取れた。
「くそ、やはり駄目だ。体の不調は改善されておるが、体力は老人のままだ。あちこち痛いし、疲れてもう一歩も歩けん」
不破昭三は街道脇に大の字になり、しばし休むことにした。
こうして仰向けになり空だけを眺めているとここが地球ではないのだなどとは到底、信じられなかった。
雲があり、普通に太陽がある。
少しだけ太陽の色が濃くて赤い気がするが、気のせいかもしれない。
林の中の木々だってそうだ。
種類まではわからないが針葉樹の仲間であることぐらいはわかる。
ここが地球ではないと裏付けるものは今のところ何もないし、それにまだこの状況がただの夢である可能性も捨てきれない。
妙にリアルな夢。
ただそれだけのことであるかもしれないのだ。
不破昭三は、疲労と暖かい日差しのせいでうとうととし始めた。
「おい、爺さん。死んでるのか? 死んでんだよな」
声と気配を身近に感じ、不破昭三は飛び起きようとした。
しかし腹筋が弱っていたため、それは叶わず、ビクッと一瞬頭を持ち上げただけで未遂に終わってしまった。
「うわっ、びっくりした。生きてたのか。こんなところで何をしてたんだ」
見ると無精髭の人相の悪い男が、麻袋の中身を勝手に広げ、物色しようとしているところだった。
辺りはすっかり薄暗くなっていて、日が沈みかけている。
「それは儂の台詞じゃ。おまえこそ、何をしている。それは儂の荷物だぞ」
不破昭三は咄嗟に短剣を探したが、どこにも見当たらない。
「へへっ、お探しのものはこれかな? ジジイ」
無精髭の男は短剣を見せびらかすようにして、不破昭三のもとに近づいてきた。
「やめろ、近寄るんじゃない。離れろ!」
不破昭三は近くにあった小石を拾って投げつけたが、その勢いは弱く、しかも命中させることすらできなかった。
「くくくっ、ジジイ。その服装からすると物乞いではなさそうだな。この近所に住んでんのか? 案内してくれよ。これっぽっちの銅貨じゃ、大した稼ぎにならんのよ」
無精髭の男は、不破昭三の胸ぐらを掴むと乱暴に起こそうとした。
もちろん短剣で脅すのも忘れてはいない。
顔のそばに刃を突き付けてくる。
どうやら、この男は追い剥ぎや野盗の類であるらしかった。
不破昭三は、疲れていたとはいえ、自らの油断と迂闊さを呪った。
平和
ここが日本ではないのであれば当然こうした事態も想定しておかなければいけなかったのだ。
「おい、ジジイ。何とか言えよ。住んでいる家はどこかって聞いてるんだよ。それとも呆けて徘徊でもしてたのかよ」
無精髭の男は短剣の柄に部分で不破昭三の額を強く小突いた。
額に傷ができて、血が滲む。
「離せ、離してくれ。息ができない。儂の家なんかはこの近くにはない。そ、その荷物は全部くれてやるから、頼む」
不破昭三は必死で胸ぐらを掴む男の手を握り、それを放させようとしたがビクともしない。
殺される。
このままでは確実に殺される。
死の恐怖が不破昭三の頭の中を支配し、冷静さを奪いつつあった。
「ぐっ、クソジジイ。暴れるな、死にてえのか!」
足をばたつかせ、両手で男の手を外そうともがく。
大人しくしていた方が生存率が高まりそうだという計算などもはやどこかに飛んでいき、今はただ生きたいという本能だけが暴走気味に働いていたのだ。
助かりたい。
儂はまだ死にたくない。
何かないか?
オールドマン。
そうだ。オールドマン。
スキルとかいうのがあったじゃないか!
オールドマン。オールドマン。オールドマン。オールドマン。オールドマン。
心の中で何度も繰り返し唱えたが、何も起こらない。
なにがオールドマンだ。役に立たぬ。
くそう、あの革帽子の男め。
命を助けただの恩着せがましく言っておったが、これではただ二回、死を体験させられただけではないか。
呪ってやる。
呪ってやるぞ。
目の前のこの野盗も、あの革帽子の男も、この世界も、何もかも。
死ね、みんな死んでしまえ。
儂の命と共にすべて、この世界
不破昭三の全身が禍々しい光を帯び始め、やがてそれは掴んでいる野盗の手首を伝って、相手の体をも完全に覆いつくしてしまった。
「あ、あぁ……力が入らねえ」
野盗は腰砕けのようになり、やがて一人で立っていられなくなった。
「吸われる。俺の何かが……、いや俺自身が……吸われてい……くぅ……」
野盗の四十代半ばごろであった顔がみるみるうちに皺だらけになり、やや灰色がかってい頭髪は真っ白になっていった。
「なんじゃ、一体、何が起きたんじゃ」
不破昭三は、もはや自分と同じぐらいにまで細くなった手首から手を放し、
すっかり老人になってしまった野盗は自分の力で起き上がることもできずに口をパクパクさせたまま横たわっていた。
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