第13話 「俺」の話


俺は、結構モテる。



クラスの中では1番人気と言ってもいい。

学年で言えば───そうだな。少なくとも上から五人くらいには入るかもしれない。


これまでも何回か告白されたことがある。しかも俺はほとんどを断った。

受け入れたのはたったの一回。クラスの男子の中でもカワイイと評判だった他クラスの女子だ。


その時俺は、「勝った」と思った。相手は誰か分からない。でも確かに勝ったのだ。その感触だけは今も手に残っている。


それからは俺のクラスでの立ち位置もカッコとしたものとなって、今ではクラスの陽キャグループの中心を担っている。


そう、これでいいんだ。アイツのことなんか、もう考えたくもない。俺がアイツのことを好きだったわけじゃない。決して。


告白したのだって、アイツを上手く使ってやろうと思っただけだ。たったそれだけ。他の思いは何もなかった。はずだった。






俺は頭がいい。



クラスでは二番目くらいにテストの結果がいい。学年順位だと、前々回は九位で、前回は八位だった。

社会に関しては前回の期末は学年トップだった。もちろん嬉しかったが、反対に自分なら当然だろうとも思った。



「すごいよ。すごいよ。さすがね。本当にすごいよ。おめでとう」



母親は少し涙目でそう言った。そのまま抱きついてきたんだっけ。



「うん。ありがとう」



声色だけ嬉しそうにしてた俺は、内心ありがとうなんか一ミリも思っていなかった。

出来ればすぐにでも体を離してほしかった。

汚い体を俺に押し付けないでほしいとさえ思った。


当然だろ。俺なんだから。



それにもっと嫌だったのは、その教科が社会だったってこと。


その時の範囲は歴史。それも戦国時代だった。


なんで今戦国時代やるんですか?

君たちも思ったろう。まだ一学期なのに、と。


あ───すまない。言っていなかったね。


俺は中学一年生で、今は夏休みが開けて少ししたくらいだ。

九月は秋のはずなのに、それもほとんど月末なのに、未だに暑い日は三十度を超える。


本当にやめてほしい。バレないようにつけてるワックスが汗で落ちてしまう。


中学生でワックス?

って思ったろう。そうだ、中学生でワックス。


中にはバレるからやめておけ。なんて言うヤツもいる。

ヤツらは日和っているんだと思う。そうやって「バレる」なんていう言葉で、自分に悪い道に足を踏み入れる勇気がないことを正当化しようとしているんだろう。

控えめに言ってクソダサい。


そう言えば、えーっと、なんだっけ?


ああそうだそうだ。なんで社会だとダメなのかって話だね。


なんでだと思う?


君たちは、どうかな。

例えば君の知り合いが歴史が得意だった場合。君はその知り合いにどんな印象を持つだろうか。



「え、すごいねー。歴史とか好きなんだ」



まあこうなる。

歴史好き。この言葉は、どんな意味を含んでいるだろうか。


これはただの歴史好きなんて意味じゃない。ほんの少しの侮蔑、偏見が含まれているのだ。


ムカつかないか?

歴史好きに対する偏見にムカついているんじゃないぞ?

俺がそんなヤツらと一緒にされることにムカついているんだ。


だって、なんなんだアイツらは。


いつもは陰キャらしく教室の隅の方で大人しくしているのに、歴史の授業になった途端に息を吹き返してしゃしゃり出て来る人種。


それを影で笑われていようが、何にも気にせずその界隈の人間とだけつるんでグフグフ言ってる人種。


なんでそんなんと一緒にされなきゃいけないんだ。


そう、実際俺もそう言われた。


ただ歴史のテストの出来が良かっただけで。


前回はおろそかにして点数が振るわなかったから、ちょっと暗記科目に力を入れて勉強しただけで。


社会のテストだけ出来が良くて、ちょっとしたヒーローみたいに持て囃されてたアイツらにムカついただけで。



それだけで俺も同類にされた。


まじで死ね。



これもあれも全部アイツのせいだ。


アイツのせいで、今日俺はこんな気分でいるんだ。きっとそう。いや、絶対に。


アイツが俺にあんなに教えたから。アイツがあんなに楽しそうに話してたから。

そこんところだけ俺より勝っていたから。


俺に支配さえされていれば良かったアイツに、俺が劣っていたから。


だから今回のはあんなにムキになってしまったのだ。歴史のテストに。



今度手紙を出す時は文句を言ってやろうか。

いや、直接会って、面と向かって怒ってやる。


もうぜったい話してやらないぞって。もう手紙出してやんないからなって。


もう逆に手紙を出さないというのも手かもしれない。そしたらアイツの方から来るだろう。

すっげえ不安そうな顔して、そんで俺に聞くんだ。



「私のこと、嫌いになったの?」



うはっ。コレは傑作だ。それ見れるだけでもこの計画は実行する価値がある。

そこで俺は言ってやるわけだ。



「ああ、その通りだ。もう会いにこないでくれ。じゃあな」



コレはたまらない。アイツも必死に泣きついてくるだろうさ。


ごめんなさいごめんなさい。

今すぐにでもその顔を拝んでやりたい。


ああああ、楽しみだなあ。

頭の中のアイツはいつだって現実より可愛くって、壊したくなってしまう。



俺は泣きながら膝から崩れ落ちる。


部屋の壁に拳を打ち付け、声を殺してすすり泣いていた。

泣いていた、というよりは何かの痛みに苦しんでいるようだった。


なんでこうなった?なんで俺はこんなんになってしまったんだ?


自明の問いを壁に吐き続ける。返事が聞こえることなんて絶対にないのに。

誰かに吐きたい。全部吐き出してしまいたい。

でも、そんなことをするには、俺のプライドは大きくなりすぎてしまった。アイツの隣にいたせいで。いらないもんまで抱えてしまった。


俺をこんなんにしたのは、やっぱアイツだ。結局全部アイツのせいなんだ。




アイツが弱いからこうなった。


俺に利用しやすいとアイツが思わせたのがいけなかった。


俺に可哀想な女の子の振りをしたせいで俺はこうなった。


アイツが俺の事を初めてあだ名で読んだからこうなった。


「私のことも名前で呼んでいいよ」

アイツがそう言ったからこんな結果になってしまった。


アイツがいつもアイツらになんも言わないからこうなった。


いつもいつも我慢しようとしたからこうなった。


アイツが離れても連絡しようねなんて言うからこうなった。


バカ正直にバカ長い手紙を送ってきたからこうなった。


「返事はしなくてもいい」

なんて心にもないこと言うからこうなった。


アイツが、あの日、あの時、あの教室の、窓辺の、隣の席がない、あの席に座って、それで、それで───あの、助けを求める顔を、俺に向けたのがいけなかった。


あれが始まりだった。俺をこんなんにした出来事の始まりは。


アイツのせいでこうなった。そんなことは分かっている。俺が一番分かっているし、俺が一番アイツを憎んでいるのも分かっている。分かってはいるんだ。


でも、俺のこの手は、アイツへの手紙を書くのをやめない。


「元気でやってる?」

「そっちの学校はどう?」

「友達は出来た?」



「たまには会いたいね」



心にも思っていないこと。そうだと決めつけ、自分に言い聞かせていたこと。

それをこの手は平気で言葉にし、黒色の記号にし、それをアイツに送ろうとしている。


それが分かっているのに俺はそれを止めようとさえ思わない。


これがやつの呪縛。俺を逃がしてはくれない呪い。できる限りの力で振り払おうとしても、手をスルスル抜け出して、また俺を雁字搦めにする。


俺はこれを解くのを諦めた。


それからほとんど丸二年が経つ。











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夏を呑む しるなし @izumi_daifuku

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