第二章 Ms.Sherlock

第11話 「青春」の口実

時計の針はほとんど一を指していた。

もちろん短い方。もちろんなのかは、ちょっと分からないかも。


日中の暑さはピークを迎えていた。秋に差し掛かりつつある季節にも関わらず、汗は止まるところを知らなかった。


正午を過ぎて少ししたあたりが一番暑いのは分かっている。分かってはいるが、今日は九月も佳境のはずだ。

最近の異常気象は、神様から人間への罰のような気がする。



───貴様らは少々暴れすぎた。


この世界をもう一度その目で見てみろ。

広大だった森は、今どうなっておる?

南にあった莫大な氷は今どうなっておる?

秋に向かっておる今の季節の、気温はどうなっておるんだ?


あれ?なんか順番がおかしくなってる?

まぁいいや。全部神様のせいってこと。


でも、元を辿れば人間のせ───。





話を戻そう。

頭の中の仮想神様に頭をたれつつ、道を急いだ。

あそこは閉まるのが早そうだしね。



真正面から入る。───訳には行かないため、裏に回って抜け道を探す。



お、あったあった。



情報が正しかったことに心から感心する。

今どきの小学生は掲示板だって容易く操ってしまうらしい。いいこと知れた。


置いてあった石をどかして、金網の小さい穴から体を中にねじ込む。

ここはちょっと心配だった。

やつらが通れても自分は通れないのではないか、と。

ここに来る前までは入れなかったらショックだなぁなんて思ってたけど、通れてしまった今となっては、これはこれでショックだ。


湧き上がる羞恥の衝動を沈めて、私は歩みを進める。


入れてしまえばあとは簡単。私服に着替えたおかげで私は堂々と廊下を歩くことが出来た。あとはすれ違う教師に会釈でも軽い挨拶でもしてやれば完璧だ。


しかしここで問題。視線の種類を見分けていると、一部の生徒には私は年下と思われているらしかった。

どこが人を下に見るようなあの目。教室の席に一人で座っていた私を見ていたアイツらの目が重なる。


違う。ここにいるヤツらはアイツらとは根本的に違う。ごめんね。変なこと考えちゃって。


まぁ知ってたし。私はどちらかと言えば小さい方だ。何年かに一回くらい列の先頭でエッヘンのポーズをすることがあった。

顔もどこが幼く見える。彼女と横に並んで比べてみると姉妹のようにも見えたかもしれないな。



でもさぁ、そこまでかい?



声をかけてくる上級生(仮)をできる限りの怖い顔で睨んだ。憎しみが滲み出ているような感じで。

舌打ちしてやろうかとも思ったけど、私もそこまでの勇気は持ち合わせていなかった。


私は年下にも満足に気持ちを表現出来ないらしい。


その顔を見た奴らはと言うと、驚くべきことだ。ちょっと笑顔にすらなっていた。


顔に手を当ててしばし思考。


あー。


解が求まった。問に適当かは明記しないでおこう。



(証明結果)

あぁ、なるほどね。困っちゃうな。そういう性癖の人達か。いやー、小学生なのになかなかコアだなぁ。

               (証明終了)



しきりに言い聞かせる。


・・・・・・。



あぁぁぁムカつくなぁぁ!やっぱ帰ろっかな。



うん、さすが現代の小学生。日本の未来は明るいみたいだね!うん。



だがしかし、こちらにも優先すべき事項がある。というか私は今、これ以外にするべきことを知らない。



音をわざとらしくたてながら一歩一歩進んでいく私の足は、図書室に向かっていた。


理由は、いや根拠と言った方がいいのかな。

ソースはこれまた掲示板。




見えた教室内の時計を確認する。


またか。




授業終了の鐘が鳴ったのを確認し、ドアを開ける。

ここのドアは、中学校のガラガラなるドアよりよっぽど古かった。持ち手が結構さびている感じ。


そりゃそうだ。この教室は今は使われていない。それどころかこの棟ごとほとんど使われていない。らしい。

ソースはこれまた掲──────以下省略。


それでも誰かに見つかる危険性は看過できない。休み時間が終わるとこうして隠れなければいけならないのだ。それも決して見つからない教室で。


だから必然と行動範囲は限られていく。チャイムがなる直前に身を隠せる教室、別に教室でなくてもいいのだかどこが隠れられる場所が近くにある場所を探しながらの移動。


こっちは生徒、また先生だけでなく巡回してるよく分からん外部の人にまで気を配らなければならないのだ。


見つかれば一発で終わり。とまではいかないが相当怪しまれることに変わりはないのだろう。自分の教室なんかを聞かれたら本当にそれまでだ。その時は──────迷わずダッシュということにしておこう。




これは間違いなく最高難易度級の案件だ。子供にとってはほとんどミッションインポッシブル。いや、かのイーサン・ハントも少々手こずってしまうかもしれない。


imが付いていてはまずいのだが。




一回の休み時間が十分間というのもまたシビアだ。子供に優しくなれないのか、この税金の塊みたいな建物は。


と、絶賛不審者中の不良中学生が呟いていました。っと。




せめて二十分あれば、と思う。

来た時間も時間だったから昼休みを逃してしまったのだ。それさえあれば簡単だったものを。


二十分もあれば、別棟の教室を出て目的を果たして余りあるくらいだ。

ただし、計算さえ正しければ、と言っておこう。数学者と保険は切り離せないことを今ここで知る。


新たな知識が知れるのはやはり悪い気がしない。当たり前か。


しかし、ないものを欲しがったりしているのはただ時間の無駄だ。と、時計の針が巻きもどるのを望みながら言い聞かせる。


さて、そんなことをしていると、本日二回目の時を告げるチャイム。今いる教室の番号に何回も目を合わせる。

初期位置から少しは近づいたと思う。もう一休み時間くらいあれば目的は果たせた、はずだ。




残念。悔しいがまた明日に持ち越しだ。


彼女に無言の啖呵を切った初日にしてはちょっと幸先悪いなぁ。近づいているようで、俯瞰してみれば遠くなっている気さえする。


というか、まずこの一連の行動に意味はあるのだろうか。目的が果たせたとして、それがなんなのだろうか。自分自身の体が、まるで赤の他人みたいに疑問を提示する。




うるせぇ。黙って言うことを聞け。




何回も言う。これしか今の私にすることなんかない。彼女のあの醜い顔をぶっ壊してやる。それだけ。


こうやって考えてみると、本当に私の体は彼女で構成されていたようなものだと、恥ずかしくも気づいてしまった。


いつも頭の中では彼女を痛めつけていた。変化と言えば、「次はどんなことしてあげようかな」が「次はどんなことしてやろうかな」になったことくらいかな。


結局彼女のことだけ考えていたことに変わりはない。断片的に覗けば深刻化さえしているのだろう。


彼女の言っていた通り。私は彼女を支配していたと錯覚していただけで、本当は私が彼女に支配されていたらしい。


笑っちゃうほど的確で、正確で、この上なく気持ち悪かった。


自分のことは一番自分が分かっているなんて、本気で信じていた時期が私にもありました。


これが過去形にできるくらいには私も成長したってことだね。彼女が今さっき自ら教えてくれただけなんて言わないでおくれよ。あいにく今の私は気がたっているんだ。




という一悶着を脳内で終えたあと、私の視線は窓の外を捉えた。たった一点。


そこにいたのは、色鮮やかな帽子を被り、校庭のトラックを汗が流れているのを気にもしないで走っている子どもたち。




「ファイオッ、ファイオッ」




生命力に溢れかえる鳴き声が学校の中まで響き渡っていた。


しばし呆然とする。目の前の事例を整理。


廊下に反響したその音は、数々の壁への反射をへて、生き物の呻き声みたいなノイズになって戻ってきていた。




──────あぁ、そういうことか。


笑いが止まらない。

中身の入っていない花瓶を叩いた時みたいな、カランカランした笑いが校内に響く。

今度は、反射して戻ってくる声は気持ち悪い笑い声のままであった。


あぁそうかそうか。そうだったな。


学校という空間からすぐに退去してしまう私には無縁の話だったのだ。


学生が青春と崇め称えるそれ。努力は裏切らない。なんてのをモットーに、汚い汗に意味を見出すためのそれだ。


そうか、当然のことすぎて頭の片隅にすら置いてなかった。そう、当然すぎて。

一番効率的なのにも関わらず。いやー、盲点だった。



勝利の、お世辞にも満面の、とは言えないちょっと引きつった笑顔のまま、私は体を百八十度回転させる。




音をたてないよう意識された軽やかな足音が、空気の澄んだ緑の階段の空間に響いた。



























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