第8話 三文字の名前

学校を抜け出した私たちは、とある公園へ向かった。

別に特別なところじゃないじゃないかなんて言わないでおくれよ。少なくも私たちにとってはこれ以上特別な場所なんてないんだよ。


公園は子気味の良い寂れ方をしていた。何も変わっていない。前来た時から一ヶ月もたってはいないのだが。


「懐かしいねぇ。でもそんな時間もたってないんだよね。すごい昔みたいに感じちゃう」


「君も?私もそう思ってた。まぁ時間が経った感じはするよね。───あの日、君はあの砂場の近くだったけ?あそこら辺にいたよね」


「よく覚えてるね。時間がたった感じはするのに。君は確か───ちょうどここら辺じゃなかったっけ。ブランコの近くにいた気がする」


「嘘つき。全然覚えてるじゃん」


「どっちもどっちだねー」


乾いた笑い声が誰もいない公園に響く。使ってくれる人を探しているような遊具は、久しぶりの客を歓迎してくれるように音を反響させていた。

ブランコのキーキー言ってるようなこの音は、少し怖い。それでいて心のぽっかり空いたところにピッタリハマる感じ。


ふと心に疑問が浮かぶ。

「そういえばさー。公園自体には毎日来てたけどさ、ここで遊んだことないよね」

そうなのだ。いつも集合するのは公園。でも、それから彼女は私を別の場所に連れていくのだ。

毎日毎日、私が退屈しないように色んな場所へ。あの時の私は彼女に会えれば別にどこでも良かったのだが。


公園の入口に私が顔を見せれば、彼女はすぐに気づいた。ずっと入口の一点だけを見つめているようにして彼女は待っていた。

まぁ、そういうことだったのだろう。





「おはよう。今日はどこに行こっか?君は、どんなところに行ってみたい?」


「君の行きたいところでいいよ。今日は私に何を見せてくれるの?」


「いいねぇ。そうだな───じゃあ、ついてきてっ!!」


これじゃあ公園で遊ぶ暇もなさそうだ。


遊具が私たちを毎日毎日睨んでいた光景が、昨

日のように頭に浮かぶ。多分今もだが。





「確かにね。時間的には公園にはほぼいなかったし。結構非効率だったかもね。花ちゃんは、そうか。省エネなんだもんね」

今隣で笑っている彼女に、私が初めて会った時の彼女を重ねる。

あの時は不安そうだった彼女の笑顔は、幾分か柔らかくなっている感じがした。


私を「君」と読んでいた彼女が恋しい。名前で呼び始めてからの彼女は、その前よりも依存度を増している気がする。

決して彼女を名前で呼ばないようにしようと頭に刻んでおく。呼んでしまったら最後、私の中の彼女が彼女でなくなってしまう気がした。


「君、君、君。よしっ」

小声で確認をする。この時のほんの些細な気持ちで、この確認を朝起きたら、一番に行わなければいけない体になってしまったのは、また別のお話。


「ん?なんか言った?

ていうかこうやって見ると遊具多かったんだね。そりゃ人も多かったわけだ。あ、これも朝の学校と同じだ。いつもは人がいないのに、今はこんなに閑散としてる。たまに学校抜け出して見てみるのも悪くないかもね」


「君、はそういうのが本当に好きだね。まぁ分からなくはないけどさ。でも騒がしい光景を第三者みたいに眺めるのも案外楽しいんだよ」


君リハビリ。五回に一回くらい気にしながら言った方がいいかもしれない。


「───カッコつけてる?」

「───たまにはいいよ。カッコつけてみるのも」

ケタケタ笑う。一向に人がやってくる気配はなくて、また遊具達の大合唱だ。


また後で君たちで遊んであげるから急かさないでよ。

しきりに言い聞かせないと彼らは歌い終えようとはしないのだ。


「───はァ。やっぱここに来ると子供になれちゃうな。純粋無垢な。しかも君と一緒だし。───じゃあさ、さっきのお話しようか。さっきも話したんだけどさ。ゆっくりでいい。だから、ちゃんと話してほしい。君の言葉で。君自身で、さ」


真剣な眼差しを彼女に向ける。彼女の表情も少し強ばったものに変わっていった。

空気が硬直する。そこら辺の楽器たちの、歌い終えたあとの余韻みたいのも軒並みやんでいた。自転車のベルを鳴らした後にベル自体を抑えると音が綺麗になくなるみたいに。


彼女はゆっくりと頭を上下に動かした。それからものすごく重たそうな口を、できる限りの力で押し上げるみたいにして開いた。


「私、少し嘘ついてたんだ。いや、言ってなかっただけか。秘密にしてた、みたいな。───そう、花ちゃんも気づいてるかもしれないんだけどさ。私、ここに来るの初めてじゃないんだ」

彼女はどこか遠くを見つめるみたいな目をしていた。記憶の中から一文字ずつ拾ってくるみたいだった。


「小学生のときだったんだけどさ。最近したみたいにさ、遠くから転校してきたんだ。───あぁ、違うよ?その時はお父さんの仕事でさ。いや、そうなんだけどさ。それは間違いないんだけど───たしかにその時が始まりだったのかもね。私が現実から逃げることを繰り返し始めたのはさ」




そこで出会ったんだ。彼と。


そう、それがさっきから話題になってる男の子。和泉旭くん。平和の和に泉でいずみって読むの。名前の方は一文字の方のあさひ。

そういえばよく泉旭で二文字にならなくてよかったなー、とか言ってたなぁ。別にそれもかっこいいのにね。


楽しい記憶を遡るみたいに話す彼女が、私は受け入れなかったのかもしれない。ときおり私の世界は無音になった。決して耳を塞いだとかそういうことではない。恐らく、体がもう拒否していたんだと思う。

彼女の口から、彼女が少なくとも悪い感情を持ち合わせていない、どちらかと言えば親密に値する人物との記憶が発せられるのが。


これは、ちょっとしんどいかもな。


それでも先に聞いたのはこっちなので、彼女の話を止める権利は持ち合わせていない。

どちらかと言えば彼女は話したそうだし。

もしかすれば、彼女に手をあげた罰かもしれない。


えー、やっぱ間違ってたんかなぁ。今度からは時と場合をきちんと考えようと思う。いや、やらないとは言っていないよ。


私はできる限りの力で拳を握りしめる。彼女の話に理性が耐えられなくなったとしても、衝動的になってしまわないように。

やる時は計画的に。そう。一度立ち止まってから気持ちを整理して、やろう。


この上ない苦痛の尋問が始まる。そうか、私たちは立場が入れ替わってばっかだな、まったく。














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