第3話 日常の一コマ

一度、彼女について話しておこうと思う。そう、例の夏の魔物と称した彼女だ。彼女について語るには、そうだなぁ。はるか昔───未だに子供の私にとってのはるか昔だからそこまでではないけど───まで遡らなきゃぁ、行けなくなっちゃうねぇ。はぁ、面倒だ。


少し、いや結構長くなってしまうと思う。

まあ順をおいて話すから、途中で寝たりはしないで頂きたい。私も寝ないように頑張るから、さ?

いや、出来れば聞かれたくない話かもしれないから、聞きたくなければそこで閉じてもらって構わない、と言っておこう。




それははるか昔。はるか、と言っても未だに子供の私にとってのはるか昔だ。

それは焼けるような暑さの夏の日で、まだ夏を素晴らしいものと勘違いしていた私が、公園の木で陰がてきていた避暑地にぽつりと佇んでいたように覚えている。

鬼ごっこなんて馬鹿らしい遊びを繰り広げ、まあほとんど小学生みたいな中学一年生だったんだと思う。人とどこかへ行く、ただそれだけのことに心が踊り、言葉を交わさずとも自然に走り回る。

目に見える全てがキラキラしてて、テレビで見るような、木の葉っぱに光が差し込むようなあんなエフェクトが、今も昔の記憶に焼き付いている。

なんてことは、まるでなかった。


ただ目の前のことだけを考えて、いやそれすらも考えていなかったんだろう。本能だけで現実に向き合い、嫌なことはしないでめんどくさいことは人にやらせる。

さすがにそこまでの生物は私の周りにはいなかったが、その害悪予備軍みたいなのはチラホラいた。


そいつらにとっての「夏」は本能が、楽しい!と叫ぶ代表的なものだったんだろう。

暑い日差し、いやもう「熱い」方の暑さ。とか紫外線や宿題(別にこれはいいか)、それから湿度など諸々。

こんなマイナスしかない事柄に、たった二文字、「青春」だけで意味を見いだせる彼らを私は心から尊敬し、さらに心から関わりたくないと思っていた。


というか私は中学校そのものが嫌いだったのかもしれない。

中学校。それはまだ呑気な小学生から見れば、ちょっとかっこよくて、ちょっと怖い、ちょっと年が上なだけのそこら辺の一般人。

でも少なからず羨ましさみたいな感情は持ち合わせており、心のどこかで憧れているんだと思う。大半は。


私も少し形は違えど大まかには彼らと意見は一致していた。中学生にいくらかの期待を持っていた。決して憧れではない。中学生になりたい、訳ではなく、あそこを抜け出す理由が欲しい、みたいな感じだった。


あそこ、まぁ言ってしまえば小学校。言ってしまえ、ではないかもしれない。

実を言えば小学生もみんな嫌いだった。

ちなみに奴らは中学生よりもタチが悪い。


中学生になると、「もう大人だ」とか言って自分の浅はかな意志を、「さあ笑え」と言わんばかりにひけらかすやからもいるが、基本的には子供であるという便利な条件にゆっくり浸かっていることが多い。

こんなふうに故意に浸かってるうちはいい。しかし、そこで奴らの出番だ。そう、小学生。

奴らはなんの考えもなしに子供っぽい行動、を繰り広げ、子供っぽい処置を受ける。

教師も教師だ。

「勉強しろ」とは言わないけどテストにはきちんと点数を表示して、日本語以外で「勉強しろ」を伝えてくる。

なのに外で遊ばない生徒、つまり子供っぽくない生徒を排除しようとする。


子供っぽく考えられなくて、大人の考えることを理解してしまうこっちの身にもなってほしい。

理解した上で教師のために負担にならないよう心がけた仕打ちが、親への電話だ。

親はもちろん私の言葉よりも教師の言葉を信じ、教師に言われた言葉を持って、私を諭そうとする。

そして、その日がおとずれる。


家に帰ると、いつも二人の声がした。

片方は悲鳴になってないような、甲高い叫びをあげる女性。そしてもう片方はテーブルに酒缶を叩きつけながら、これまた叫んでいる男性。ただしこっちの方の叫びは女の声が弱々しく聞こえてしまうほどに暴力的で、当事者でないこっちが震えてしまうくらい野太いものであった。

でもその日はもっと酷い。


床には物が散乱していた。衝撃でネジが吹っ飛んだ時計とか、料理途中であったろうフライパンとか、普通の家庭の床には決して落ちていないもの。

棚も倒れて中のものが飛び出している。テーブルにはヒビが入っていて、珍しく酒瓶が置いてある。といってもこちらはヒビどころではなく、原型をとどめてはいない。


そしてそこには、倒れた血まみれの女。一人佇む包丁を握った男。

男の方は肩で呼吸を繰り返し、女の方はいつまでたっても呼吸する様子は見られなかった。


リビングを飛び出し、置いてある電話に向かった。それもとびきり重くて黒いやつ。

迷わず110番に電話をかける。ついでに119番にも連絡しておいた。

この場合は110番の方が優先度が高い。この医療知識がほとんどない私でさえも分かった。

多分死んでる。

それにまだ息があったって私は呼ばなかったと思う。別にあの女を助けてほしいわけでもなんでもないから。


その時の私の心の中は、「解放」とか「自由」とか前向きな二文字ばっかりで満たされていた。

少しの間呆然としていた男も、じきに目の焦点を合わせ、私のところに向かってくる。


「お前のせいなんだぞ。お前のせいでアイツが、お前の母さんが死んだんだぞ。こっちは気持ちよく酒飲んでんのによぉ、いきなり電話かかってきてよぉ。「高橋花さんのお父さんでしょうか。」とか言ってきてよぉ。名前も名乗らずに。そんでそれからよぉ、「学校まで来てくれませんか。花ちゃんに関して話したいことがあるんですけど」なんて言いやがってよぉ。うんざりだよ。だから「お前の教育がなってねえんだろ」って。そう言ってやったんだよ、アイツに。そしたらいきなりフライパン投げつけてきてよぉ。「お前になにが分かる」とか訳の分からんこと言いながらだ。そんでこうなった。分かるだろ?全部お前のせいなんだよ。お前の、責任なんだよ。だからなぁ、今からお前もアイツのとこ連れてってやるから、大人しくしてろよ!なぁ!逃げるんじゃねぇぞ!」


いつも通りの父だった。今日は持ってるのが酒じゃなくて包丁なだけ。

日常の一コマ。今日は止めに入る女がいないだけ。いるけど動かないだけ。


そう、ただそれだけ。

だからいつも通りほとんど抵抗しないし、怖くて震えることだってない。いつも通り時が過ぎるのを待てばいい。

助けに入るのはいつもと違って、うるさいサイレンを鳴らしながら入ってくる人達だった。


無事だったのかって?無事が何を意味するのかにもよると思うけれど、今私がこれを話してるってことは、多分君たちの言う無事であっているんだと思う。


さすがに怪我はした。

ちょっとの期間の間、体が指一本も動かない程度の怪我。というか損傷。

安心してくれ。私が経験してきた十一年間と比べれば、ほんの二週間。しかも清々しい気分で過ごす二週間。

これまでの地獄を帳消しにしてしまうほど素晴らしい入院期間であった。




恐らくそれがきっかけだったんだと思う。何も信じず、何もせず、ただ流れに身を任せるようになったのは。


それから私は、呼吸をを不必要だと感じるようになった。




話を戻そう。

結論=中学生は嫌い。

小学生はもっと嫌い。

というか人間が嫌い。

の三本仕立てだ。


それから話は避暑地に佇んでいた私の話に変わっていく。
























































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る