最終話 ずっと傍にいて

「ちょ、ちょっと待ってくれません? 何でこんなものが流されてるんですか?」

「ほ、ほんとそれ! ふざけてんの!?」


 シンとしていた中、氷堂と橋上さんが沈黙を破るように叫ぶ。


 辺りは証明が消され、暗かったが、皆が二人の方を見ていた。


「何か問題でもありますか?」


 ちょうどクラス内のいじめ現場の様子が流れていたが、映像はその声と共に止められる。


 これは、境田先輩の声だ。


 飄々としている風紀委員メンバーの一人。


「私たち風紀委員は、事実を流しています。こういうことがあった。それを情報提供者から資料として受け取り、少しでもいじめを減らせるよう動いているだけなのですが?」


 ふざけた感じは一切ない。


 淡々と、ただ機械のように事実として彼女はマイク越しに述べた。


「い、いやいや、事実って! 何か盗撮みたいだし、これ明らかに編集映像じゃないですか! そもそも、こういうの流す時って、普通当事者に許可取りません? 無許可ですよね? 悪質だなー! 見た感じ嘘ばっかりだし!」


「あははっ! 嘘って! はははははっ!」


 境田先輩の横で、スクリーンに映された映像を管理している男子生徒が声を出して笑う。


 彼もおそらく風紀委員の一員だ。チラッとだけ見たことがある。


「申し訳ないですけど、嘘だと思うんならあなた周りの人に聞いてみてください。こんなこと、俺やってないよな? って」


 かかか、と笑い交じりに大きい声で言う彼。


 氷堂は言葉を詰まらせ、抵抗文句をすぐに出すことができないでいる。


「誰とは言いませんが、自分含めた風紀委員のメンバーは、全員あなたの友達から情報提供受けましたからね? 『氷堂伸介君が、小祝楓さんに振られた腹いせで、彼女のことを徹底的に追い込んでる』って」


「なっ……!?」


 恐らく『友達』というのは小笠原と宮下のことだと思う。


 あいつら、直接風紀委員の人たちに情報提供してくれてたのか。


「だ、誰だよ……そんなことした奴……!?」


 静かに怒気を声に乗せ、辺りを見回す氷堂。


 クラスメイト達は暗闇に紛れて顔を伏せ、奴と目を合わせないようにしてる。


 それは、小笠原と宮下も同様だった。


「今、私たち風紀委員のメンバーである松本君が言った通りです。一年D組、氷堂伸介君、あなたが小祝楓さんを追い詰めていたことは確かな事実です」


「だ、だから俺は――」


「そして、そのいじめの主犯格はあなたですが、D組全員が小祝さんを追い込んでいたのも事実。次の映像をご覧ください」


 境田先輩が言うと、風紀委員の男子、松本さんが映像を改めて再生させる。


 そこに映し出されたのは、俺の知らないものだった。


 まだ俺がいない時期の動画。


 クラスメイト全員が氷堂に扇動され、楓を無視している映像だ。


「っ……!」


 思わず唇を噛んだ。


 それまで、楓はクラスメイト達に積極的に挨拶を行っていたんだろう。


 この映像でも、その普段通りをしようとして挨拶しているのだが、クラスメイト達はクスクス笑って楓を無視している。


 明らかな違和感を察知した楓の表情は徐々に引きつっていき、結局しおれたように自分の席へ座り込んだ。


 しかしこれ……まさか撮ったのは小笠原たちか?


 映像は次々と変わっていき、楓へのいじめ現場を克明に映し出していく。


 楓への悪口。下駄箱への異物混入。私物窃盗。その他諸々……。


 俺は、震える楓を隣で守るように抱き寄せた。


 こうして過去のことを振り返る映像は、楓自身にもダメージがいってしまう。


 大丈夫。俺がついてる。傍にいるから。


 そう語り掛けても、楓は小さく頷くだけで、震えを抑えられない。


 胸がズキズキと痛んだ。


 何でこんなに酷いことができるんだ……。


「これらの結果、追い詰められた小祝さんは、安心できる唯一の親しい存在へ、このような言葉を残しました」






『私……今日死ぬつもりだったんです……』






 これは……俺が提供した音声だ。


 楓のあの告白。


 心の底から辛そうにし、作り笑いを浮かべて言ったセリフ。


 思い出すだけで悲しくなる。


 楓を抱き寄せる腕に力が入った。


「あなたたちの行ったことは犯罪です。あと一歩のところで最悪の事態を招いていた。罪を認め、反省してください。風紀委員からのお願いです」


 映像は終わった。


 暗くなったスクリーンに、『いじめは犯罪です』の文字が浮かぶ。


 笑い声など上げる者は誰一人としていない。


 笑える状況じゃない。


 それほどに鬼気迫る内容だったから。


 けれど――


「ふ……ふふふっ……ははは……」


 徐々にボルテージを上げていく笑い声。


「あははははっ! ひっどいなぁ、ほんと!」


 氷堂だった。


 氷堂が笑い声を上げ、ヤケクソのように叫ぶ。


「ねぇ、風紀委員のメンバーの皆さん、何度も言ってますけど、これ僕に許可取って流してます!? 全然そういうお話来なかったんですが!」


 言葉を返す者はいない。


 そういう話じゃないだろう、と皆が思っているのが伝わる。


 けれど、それを言葉にできないのだ。


「動画の内容だってデマですしねぇ! 酷過ぎませんか!? あなた方が僕にやってることも立派ないじめなのでは!? こうして公衆の面前で晒し上げるかのように動画を流して! ねぇ!? 狙ってたんでしょ!? 立派ないじめじゃないですかぁ! はははははっ!」


 言葉を返す者は……いない。


「たった今決めましたー! こんなことされたんで、僕今日帰って自殺しますねー! 遺書にはたくさん書いときますよ、『全校生徒の前でこういう映像流されました』ってね! 学校側もまーったく止めてくれませんでした、って!」


 何を考えたか、氷堂はそのまま立って移動し、風紀委員の人たちがいる場所までつかつかと歩いて行く。


 そして――


「ねっ、風紀委員長さん? あんた、こそこそと動いてくれてましたもんね? 僕、気付いてたんですから。敷和と小祝に付きっきりで、ヒアリングでもしてんのかな、って思ってたんですけど」


「……」


「まさかこんなことするために動いてたとはね! 絶対許しませんよ、あんたのこと! 俺と一緒に地獄へ落としてやる! あはははははっ! 覚悟しといてくださいねぇ!」


 刹那、だった。






 バシッ!






 ここまで聴こえてくる打撃音と共に、氷堂は吹っ飛んだ。


 西城先輩が無言のままに奴を殴り飛ばしたのだ。


「なっ……!」

「えっ……!?」

「い、今、殴ったよね……!?」

「ふ、風紀員長すげ……」


 声が辺りからする。


 あまりの衝撃か、その痛みのせいかはわからないが、氷堂は呆気に取られて呆然とし、ただ頬を抑えて尻もちをついていた。


 そんな奴へ、西城先輩は冷たい目を向けながら歩み寄り、しゃがむ。


「おい。いい加減にしろ、愚か者」


「っ……!」


「貴様がどれだけべらべらとのたまおうがな、傷付けられた人は確かに存在している」


「ぐっ……!」


「仮に彼女が亡くなっていた場合、貴様はどう責任を取るつもりだった? 悲しむ人を前に、何と声を掛けるつもりだった? 答えてみろ」


「だ、だから俺は――」


「俺は知らない。今みたいに言うつもりだったのか? 相手のことなど考えず、自分のことだけを考え、我が身を振り返らずに?」


 ――ふざけるな。


 極めつけにもう一発。


 氷堂の頬をグーで殴り飛ばし、奴は完全に伸びてしまっていた。


 それを見た教師陣は、大慌てで奴の元へ駆け寄り、西城先輩にも「やり過ぎだ」と叱っていた。


 彼女はそれを受け、素直に頭を下げて謝罪。


 観客……いや、全校生徒たちは、意図のよくわからない拍手を次々に送る。


 見世物なんかではない。


 これは、確かな断罪だった。


 けれど、やっぱりこの人たちからしたらそういうエンタメでしかないのだと、少し悲しくなった。


 悲しくなるだけ無駄なのはわかってたが。






●〇●〇●〇●






 波乱の開始を迎えた文化祭だったが、その後は各所滞ることなく、毎年のように盛況を見せていたのだと思う。


 生徒たちは、朝のあの出来事を至る所で噂しながらも、出し物を見て回ったり、友人同士で好きなものを食べたりして楽しそうだった。


 陽乃さんからも一応連絡はあった。


『朝のアレ、ちゃんと見てたよ』と。


 それならよかった……のか?


 疑問符を消すことはできないが、とりあえずは一安心。


 続けて、彼女からこんなLIMEが送られてくる。


『お昼辺り、風紀委員の使ってる教室に来て。私、そこにいるから』


 一度考えた後、すぐに『了解です』と返信。


 俺も、楓も、クラスの出し物にはまったくと言っていいほど関与していない。


 ああいった報復を西城先輩が企ててくれたとはいえ、今さらそれでクラスメイト達に謝られて親しくってのもすぐにはできない。


 楓の思い次第だし、雪解けは今後に期待だろう。


「失礼します」


 そういうわけで、俺と楓は風紀委員お馴染みの空き教室へ足を運んだ。


 そこには、LIMEの通り、陽乃さんがいて、境田先輩がいて、他の風紀委員の面々と、西城先輩がいた。


 皆には、なんて言葉を掛けていいか最初わからなかった。


 とりあえず「お世話になりました」と言ってみるものの、それも違う気がして苦笑い。


 皆も「いやいや」と気遣ってくれた。


「しかし、お疲れ様だ。氷堂は今、先生たちから個別でお叱りを受けている」


「そうなんですね……」


「彼、大学への推薦チケット狙ってたみたいだけどね。これでぜーんぶおじゃんw ざまぁみろって感じww ウケケww」


 すっごく悪い顔だ、境田先輩……。


「まあでも、俺たちも同じ思いですよ。ざまぁみろって感じです」


 例の映像担当の松本さんが静かに言う。


 そして、彼は俺の隣にいた楓へ視線をやり、


「小祝さんもよく頑張ったね。今までよく耐えた。君が最悪の選択をしてくれなくて、我々としては安心しきりだったよ」


「安心もいいけど、謝んなきゃだよ。敷和くんからのタレコミが無かったら、私たちだって何も気づかずにスルーしちゃってたんだから」


 境田先輩に言われ、松本さんは頬を掻き、


「そうだね。ごめん。申し訳なかった、小祝さん」


 謝られ、楓は「いえ」と遠慮がちに手を横に振って返す。


「そんな……申し訳なかっただなんて……」


「これからも君周辺のことに関しては、風紀委員総出で尽力させてもらうよ。君がより良い学校生活を送れるようにね」


「松本、それって小祝さんが可愛いからストーカーするって意味じゃないよね?」


「ち、違うよ! こんな時に何言ってんだ境田は!」


 あはは、と場が笑いに包まれる。


 松本さんは顔を赤くさせていた。


「しかし、敷和君。我々としては、君に感謝しても足りない。小祝さんの危機を救ってくれたのもそうだが、私の仲間もまた一人救ってくれた」


 西城先輩が俺に言ってくる。


 氷堂を殴り飛ばした時は別人のように優しい表情で。


「……い、いえ。それこそ……俺なんて」


 端っこの方にいた陽乃さんが照れたように顔を下へやっている。


 俺も照れくさくなった。


「俺は何もしてなくて、ほんと、皆が元々強さを持ってたってところに尽きると思います。こっちができるのは、寄り添うことくらいだ」


「何を言う。それがいいんだ。それが無ければ、皆こうはなっていなかった。助けられたんだよ、君に」


 言い過ぎだ。


 俺は本当、全然そんなことない。


 でも――


「ありがとう。敷和君、私は君に精一杯の感謝を伝えたい」


 ありがとう。


 揺るぎないその言葉に、俺はなぜか心の中の汚れをすべて洗われるような、そんな感覚に陥るのだった。






●〇●〇●〇●






 夕方。


 文化祭が終わり、皆が出し物などの撤去に勤しんでいる中、俺と楓は抜け出し、屋上で二人空を見ていた。


「夏樹くん。私のこのクレープ、残り食べますか?」


「あぁ、うん。もらうよ。全部食べ切れなかった?」


「ご、ごめんなさい。恥ずかしいですけど……」


「ははっ。オーケーオーケー。いただく」


 間接キスもいいところだ。


 クレープの残りを俺は口に運び、食べる。


 もぐもぐしながら、変わらずに景色を眺めた。


「……夏樹くん……」


「ん? どうかした?」


「今日は……いえ、今まで本当にありがとうございました」


「……え……!?」


 ギョッとして楓を見やる。


 俺の動揺具合を楓も察したのか、彼女も目を丸くさせて俺を見つめてきた。


「な、なんかまるで最後みたいな言い方じゃん! お、俺の傍からいなくなるなんて、そんなのやめてくれよ!?」


「ち、違います! 違うんです! そうじゃなくて、再会できてからこれまでのことをありがとうって言ってて! わ、私の言い方が悪かったです!」


 あたふたしながら否定してくれる楓。


 俺は安堵の息を吐いた。


 よかった。


 嫌だよ、もう楓と離れ離れなんて。


「夏樹くんの傍から離れるなんて……そんなの私だってもう嫌ですよ……。離れてた間……ずっと寂しかったのに……」


「っ……。う、うん」


「いじめのことに関してお礼が言いたくて、言いたくて。風紀委員の方々にも掛け合ってくれて、教室内で私を守り続けてくれて……」


「……」


「本当に……本当に……ありがとうございます。夏樹くん」


 心の底からの思いを、俺の目を見ながらしっかりと口にしてくれる楓。


 その様を見て、思わず泣きそうになってしまう。


 俺は顔を逸らした。


「……い、いいよ。全然。楓のこと守るなんて……当然だし」


「当然だなんて……」


「当然だよ。だって、好きなんだから」


「っ……!」


 そっと楓の方へ視線を戻す。


 彼女は頬を朱に染め、顔をうつむかせていた。


「私も……です」


「……え?」


「私も……夏樹くんのこと……好きです」


「楓……」


「傍にいてくれるあなたのことが大好き」


 その言葉は、俺の脳に甘く響き渡る。


 秋の冷たい風が頬を撫でて行き、過ぎ去って行っても、俺はそれに対して何も感じず、ただ夕陽のように赤くなる彼女を見つめていた。


「これから、ずっとずっと傍にい続けてください」


 お願いしてくる彼女に対し、俺は確かにこう返した。


「俺の方こそ、よろしく」と。


 溶けていく夕陽。


 青春の空気の中、楓の体を抱き締めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る