第34話 いじめの実態
それぞれの思いと意志と準備と、すべてのものがそれ相応に形となり、始まった座敷山西高校の文化祭。
座敷山西祭は、朝からかなりの盛り上がりを見せていた。
俺たち一年の教室が連なる三階はもちろんのこと、二年生のいる二階、三年生のいる一階まで、余すことなくテンションの高い人で溢れてる。
それぞれの学年、クラスで思い思いのTシャツを作り、それを着てるのも特徴的だ。
中には奇抜なデザインを採用してるクラスもあって、見てるだけでもなかなか面白い。
出し物の方だって、お化け屋敷だったり、メイド喫茶だったり、色々ある。
まさに祭りだ。
この雰囲気を何も気にすることなく楽しめたらどれだけ楽しいだろう。
そんなことを考えつつ、俺は微笑を浮かべながら教室の外。廊下ではしゃいでる人々を眺めていた。
「夏樹くん」
すると、だ。
ふと、聞き慣れた声がすぐ後ろから聴こえた。
楓だ。
楓が、さっき配布されたクラスTシャツを着て、俺の前に現れてくれた。
「ど、どうでしょう……? 一応、着てみたのですが……」
色は青。胸の部分にはでかでかと『友情』なんて書かれてる。
正直に言って、デザインの恥ずかしさと、このクラスにおける友情なんてものの浅はかさをこれでもかというほどに理解してる俺からすれば、薄ら笑いの出るものなのだが、着てる人が着てる人だ。
どんなふざけたTシャツも、楓には良く似合ってた。
どうって。そんなの決まってる。
俺は静かに何も言わず、ただ親指を上へ突き上げ、
「最高。よく似合ってる。似合い過ぎてる」
手放しでの賞賛。
だって、本当に可愛かったから。ブルーのTシャツ姿の楓は。
「すごいいいよ。ちょっと写真撮っていい?」
「だ、ダメですよ。学校だとスマホを出すのは禁止ですし、そ、それに……は、恥ずかしいし……」
恥じらう姿もグッド。
俺はコソコソッと耳打ちにするように楓へ言う。
「じゃあ、こっそり向こうの陰で撮りたい。向こうの方、行かない?」
「っ~……。い、今からはダメです。あと少しで先生も教室に来ますし、ホームルームも始まるので」
やれやれだ。こんな文化祭の日だってのにな。
一応、連絡事項の共有ということで、ホームルームはやるらしい。ご苦労なことだ。
「それと……その……」
「……?」
「今日は……とても大変な一日になると思うので……」
視線をやや下へ向けながら言い、強がるように笑む楓。
そうか。そうだよな。
「……ごめん。ふざけていい日じゃなかった。俺たちからすれば」
「……っ」
頷くことも、首を横に振ることもなく、楓は言葉を詰まらせる。
向こうの方からこちらへ歩いてくる担任の姿が見えた。
「じゃあ、変更」
「へ?」
「この楓のTシャツ姿は、家に帰ってから撮らせてくれ。全部終わらせてさ」
「夏樹くん……」
「それならいいよな? ほら、俺のTシャツ姿も撮っていいし、何なら一緒にツーショットも撮ろ? 文化祭の思い出として」
俺が笑みを浮かべて言うと、楓は緊張と不安の入り混じった表情を緩ませてくれる。
「わかり……ました。撮りましょう、一緒に」
「うん。じゃあ、決まりな」
軽く彼女の頭を撫でてから、俺たちは教室へと入るのだった。
●〇●〇●〇●〇●
文化祭開始前のホームルームを各クラス、各教室で終わらせた後、全校生徒が一斉に体育館へ移動する。
体育館では、既に全校生徒の分と、外部からの参加者用のパイプ椅子がびっしりと敷き詰めるかのように並べられていた。前日、文化祭執行委員の人たちが頑張った成果だろう。ありがたいもんだ。
ともかく、俺たちは並べられたパイプ椅子へクラスごとに固まって座り、照明の消された中、ステージ上に設置されているスクリーンへ注目した。
よくはわからないが、まずここで色々と発表だったり、開始の挨拶だったり、諸クラブや有志の人たちによる映像放映がなされるとのこと。
西城先輩からは、最初の段階から注目しておいてくれ、と事前に言われている。
だから、ここで何かを起こすつもりらしい。
全校生徒が集まってるこのタイミングを見逃すわけにはいかない、と。
「っ……」
映像放映前の準備時間。
周りがワイワイしている中で、俺は一人生唾を飲み込んだ。
心音もひどい。緊張している。
けど、それは楓もかもしれない。
一応、伝えておいたから。西城先輩が序盤で行動を起こしていく、と。
陽乃さんは来てくれてるだろうか?
LIMEだと、『行く』と言ってくれてたけど。
『それでは皆さん、長らくお待たせいたしました。スクリーンへご注目ください』
顔のわからない誰か。恐らく文化祭執行委員の人だと思うが、男声が開始の合図を唱える。
それを聞き、全校生徒の注目はステージ上にあるスクリーンへ集まった。俺もそっちの方を見やる。
映像が始まった。
単純なドラマで、制作は文化祭実行委員会。
何人かの男女がやり取りを交わし、「私たちの青春はここにあるよ!」なんてセリフで締められ、スクリーンには大きく『座敷山西祭開幕!』の文字。
クオリティは高かった。
実行委員制作とはいえ、編集も上手い。周りの人たちも声を出して笑ったり、感嘆したりして楽しんでる。
俺も素直に心奪われていた。
青春だな、と。
そうやって心奪われているうちに、次々と動画系の出し物がスクリーンを通して流れていく。
皆、それぞれが多種多様な動画に対し笑い、楽しみ、席の近い友人同士とアレヤバいだの、これヤバいだの言い合ってはしゃいでいた。
そして、四つ目の映像作品が終わった辺りだろうか。
五つ目。
流れるものとしては最後。
そこで、全校生徒、いや、それ以外の教職員たちも目を疑うようなタイトル表示がされる。
【いじめの実態 ――風紀委員会制作――】
遂に来たか。
緩んでいた体の細胞が一気に引き締まった気がした。
西城先輩は、俺たちの撮った動画と音声を利用し、映像として流す。
そう言っていた。
編集はするが、あくまでも見栄えを良くするためであり、別に事実を曲げたりするようなものは作らない、とも。
「……何だよ、これ……?」
ふと、隣の方から戦々恐々とした声が聞こえてくる。
気付けば、はしゃいでいた会場の雰囲気もどこか変わり果てている。
皆、黙り込んでいた。
そして、映像が本格的に始まる。
「っ……!」
息を呑んだ。
さっそく、出てきたのは西城先輩と、風紀委員の面々。
てっきり協力してくれていたのは先輩ただ一人だと思っていたのだが、驚きだ。
これは、風紀委員全員じゃないのか……?
先輩は、動画の中でハッキリと告げる。
『今からお見せするドキュメンタリー風の映像はすべて事実です。今、私たちの学校で起こっていることです』
『見つめましょう。問題を。目を逸らさず。解決しなければならない事実として』
映し出された次のシーン。
そこには、俺と楓が映っていた。
これは、教室内での映像だ。
「え……!? お、おい、これって……!」
「は、はぁ……!? こいつら……!」
「敷和君と……小祝……さん?」
「伸介もいるぞ……」
静寂は、動揺のざわめきへと変わる。
だが、誰も映像の進行を止める者はいない。
教師陣も、ただ目の前の動画を見つめるだけだ。
内容は……俺と楓が経験した悲惨ないじめの現場だった。
「でも、ちょっと待って? 小祝さんって確か変な噂流されてたよね?」
「アレでしょ? 好き勝手に男とヤってる、みたいな」
「そーそー。ほんとなん? とは思ってたけど……」
「実際どうなん? これは」
その辺りの疑問も、俺と西城先輩の会話を誰かが撮っていたようで、懸命に彼女へ事実を訴えている俺が映し出されていた。
「ひどくね……?」
「え……氷堂って……」
「伸介……」
「あいつ、人気者だったのに……」
「てか、橋上さんって子もかなりヤバくないか?」
「うわぁ……」
とめどなく流れ続ける映像。
そして、止まらない事実開示と周囲の疑念。
ここら辺だとは思った。
奴が爆発するタイミング。
「ちょっと待ってくれません!?」
大きい声。
一人の男の声。
「おかしいんですけど、これ!?」
女の声も上がった。
声のする方を見れば、そこには――
暗闇の中、立ち上がって抗議する氷堂と橋上さんの姿がシルエットとして俺の目に映るのだった。
【作者コメ】次回、最終話になります! よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます