第33話 好きだよ
楓が氷堂やクラスメイトたちから攻撃を受けている証拠。
それを映像と音声に残すことに成功し、俺たちは教室を出た。
出た、というより、追い出された、という方が正しいか。
『やることが無いなら帰れ』
そうハッキリ言われてしまえば、出るしかない。
意地を張ってい続けるのも苦しい。
素直にそれを受け入れ、俺たちは次に風紀委員の拠点教室。西城先輩がいるであろう場所をすぐに目指した。
たぶん、ポスター作りに励んでらっしゃるはず。
その予想は的中した。
制服のブレザーを脱ぎ、カッターシャツ姿になって、一生懸命ポスターの色塗り作業をしているところだったらしい。俺たちのことを見て、「おっ」と声を上げる。
どことなく平和な彼女を見て、俺の肩の荷は下りた気がした。
「やぁ、二人とも。案外大変だね、この作業」
そう言って頬を掻く西城先輩。
俺は苦笑し、
「まあ、用紙の大きさもまあまあありますからね。一人でやるとなると大変だと思います」
「何だ何だ? それは私に対する煽りか? 君たちはいつも二人でやってるからっていう」
「違いますよ。そんな考えまったくないです」
「ほんとか~?」
言いながら、西城先輩はジト目で俺たちを見やってきた。
楓の怯えも少しほぐれたみたいだ。
ここに来る前の青ざめた顔も、今はだいぶマシになってる。
「ま、冗談は置いとくとしてだな。やれたかい?」
「……ええ。どうしたって多少の被害は免れられませんでしたけど」
「そのようだね。君の隣にいる小祝さんを見ればよくわかる」
こちらへ歩み寄って来る西城先輩。
「よく頑張ったね。あとは私と……敷和君に任せておけばいい」
言って、彼女は楓の頭の上へ優しく手を置いた。
楓は瞳に涙を浮かべ、手で顔を隠す。
本当によく頑張った。
俺も心の底からそう思う。
「君もよく頑張った。好きな人を守るためとはいえ、傷も一つや二つじゃなかったはずだ」
先輩は俺の頭にも手を置いてくれる。
楓への撫でとは違い、わしゃわしゃと雑だが、それはそれで心が軽くなる。
報われたいなんて気持ちはなかった。
けれど、なぜか俺まで救われたような気持ちにさせられ、自然と笑みがこぼれてしまう。
「……はは。なんか、すいません。俺にまで」
「ばか者。感謝の言葉なんていらない。敷和君が頑張ったのは事実だ。そのおかげで、情けない風紀委員長の私も動かすことができたのだからな」
「先輩は情けなくないですよ。理想の風紀委員長だと思います」
俺が言うと、先輩は鼻で笑い、
「どこが理想だ。君に言われるまで小祝さんへのいじめを認識していなかった。風紀員長にあるまじき怠慢だろう」
「そんなの認識する方が無理ありますって。他にも色々仕事とかあったでしょうし」
「だとしてもだ。何を言おうと、私が情けないのに変わりはない。これからはもっと生徒間の問題にも目を向けて生活しなければならないよ」
「それすると今度は西城先輩が過労で倒れそうですけどね……」
「何。心配ない。そこは私だけではないからな。風紀委員には頼れる仲間がいる。もちろん彼らとも協力して、だよ」
「なるほど」
「……あいつからも連絡あったしな。久々に」
小さい声で何か言う西城先輩。
それは俺の耳に届かなかったが、彼女は満足そうに胸を張って頷く。
「では、君の持って来た証拠音声と映像、私が預かるよ」
「……はい。お願いします」
「本番、楽しみにしていてくれ」
●〇●〇●〇●
「はい、楓。肉まん。たぶん中熱いから、ちゃんと冷まして食べた方がいいよ」
コンビニ前。
買って来た肉まんを楓へ手渡す。
楓はそれを受け取り、顔をほころばせた。
冷たくなった指では、買ったばかりの肉まんはより熱く感じるらしく、制服の袖を通してそれを握る。
その姿が何とも面白くて、俺は思わず笑ってしまった。
「食べる時はもっと大変かも。俺のピザまんも熱そー。……熱ッ!」
「あははっ。気を付けて、夏樹くんも」
二人で一緒にコンビニの前で並び、肉まんを食べる。
それは、何だかんだ初めてかもしれない下校時の買い食いだった。
こんな簡単なこともできないくらい、俺たちは追い詰められてたんだ。
それを実感し、何とも言えない気持ちになる。
苦労して終わらせた体育祭の閉会式を後ろから見てる気分だ。それもどんな気分だって感じだけど。
「……あの、夏樹くん?」
「ん? ほうかひた?」
ピザまんが熱くてちゃんと喋られない。ほんと熱いな、これ。
「私、夏樹くんとまたこうして一緒にいられて、本当に良かったです」
「え」
「ありがとう。夏樹くん」
「っ……!」
食べかけのピザまんを袋の中に入れ、楓の肩を手で掴む。
楓は戸惑ったように「へ!?」と声を出していた。
俺は焦りながら彼女に問いかける。
「か、楓……!? どういうことそれ……!? まるで最後の言葉みたいなんだけど……!?」
「へ……!? えっ、え、えぇぇ!?」
「ま、まさかまだ辛いことがある!? 俺の知らない何かに苦しんでて、それで一人ひっそりと――」
「ち、違います! 違いますよ! いなくなったりしませんし、苦しんでもいないなです! 今のことが解決したら私はもう何も無いですから!」
「……ほ、ほんと……?」
「本当です!」
強く言い切る楓。
俺はそれをすぐには信じられなくて、彼女の顔をジッと見つめる。
嘘を付いてる目じゃないかの確認だ。
するとまあ、楓は少し顔を赤くさせ、俺から逃げるように目を逸らした。
「あっ! 今、目逸らしたよ!? ううう、嘘じゃない!?」
「嘘じゃないですよ! うぅぅっ……もう!」
珍しく楓は普段柔らかな眉を吊り上げる。
で、赤面状態で目を逸らしたまま、
「……今さら……いなくなるわけ……ないじゃないですか……」
「え?」
「やっとこうしてまた一緒にいられてるのに……離れ離れになるようなこと……自分からするわけないです……」
「っ……」
「私……夏樹くんの傍にこれからもずっといたいから……」
「か……楓……」
「っ~……! め、目を逸らしたのも…………は、恥ず……恥ずかしいからですよ……ジッと見つめられるの……」
「ゥっ……!」
そ、それもそうか。
「逆に夏樹くんは恥ずかしくないですか? 私がこうしてじーっと見つめてきたら」
言って、俺に顔を近付けてジッと見つめてくる楓。
……………………っ。
目を逸らしてしまいました。
うん。これ、意識したら恥ずかしい。
好きな女の子だから、その分余計に。
「ほらっ。夏樹くんだって目を逸らした。そういうものなんですよ」
「っ……。す、すみませんでした……」
「ん。わかればよろしいです」
そう言って、楓は肉まんを一口パクリ。
むぐむぐしながらうんうん一人で頷いていた。
「でも、楓? なんでいきなりそんなことを? 俺と一緒にいられてよかったとか、最後みたいな言い方だし」
「……それは……だって、そういう思いでいっぱいになったから……です。感謝の気持ちしかないので……」
「別に感謝なんてしなくていいよ? 俺が楓を助けるのは当然だし。好きな女の子だから」
言うと、楓は急に咳き込みだした。
肉まんを食べてたのに大変だ。
すぐに買っていた俺の飲みかけ緑茶を渡す。
「あ、ありがとうございます。……んぐ」
「喉に詰まらせたら大変だ。俺の飲みかけだけど」
ぶふっ。
本当にそんな音をさせ、楓はまたも咳き込む。
今度は顔を真っ赤にさせ、
「ななな、何てものを渡すんですかぁ! の、のの、飲みかけだなんてそんな……! そんなぁ……!」
「あ、い、嫌だったかな?」
「い……いや……いや…………うぅぅ~……!」
「そ、そりゃそうか。ごめん」
「ち、違っ……! い、今の『いや』は『嫌』という意味じゃなく、否定の『いや』で……! そ、そのっ……!」
「……?」
「っ~……! こ、こんな時にそんなドキドキアイテム渡さないでくださいよぅ! もぉ!」
怒らせてしまった。
楓は俺の渡したペットボトルを胸に抱き、こっちへクルっと背を向けてしまう。
それから一人でボソボソ何か呟いてたけど、それはまったく聞こえなかった。
耳も真っ赤だ。
つい笑みがこぼれてしまう。
「楓?」
「……何ですか?」
「俺からも言っとく。また出会えて嬉しい。これからもずっと一緒にいような」
「っ……!」
「好きだよ」
何度目かわからない本音。
言葉というのは、何度も同じことを言い続けるとその効力を徐々に失っていく。
けど、この言葉だけは別だ。
言い、言われ。
そのたびに、俺たちは何度だって気恥ずかしくなる。
それはどうしてだろうか。
決まってる。
「……わ、私も……好きです。大好きです。夏樹くんのこと」
俺たちが互いに想い合ってるからだ。
果てしないほどに。
●〇●〇●〇●
それから、文化祭本番までの時間は流れるように過ぎ去っていった。
意気込むクラスメイト達の輪に加わり切れないのは残念というほかないけど、俺たちは俺たちでやるべきことがある。
出し物、と表現してもいいのかもしれない。
その出し物を見て欲しい。知って欲しい。
そして、本当の悪が誰なのか、皆に知って欲しい。
俺はそんな思いで、とある人にLIMEメッセージを送った。
芦屋陽乃さん。その人へ。
『文化祭本番、誰にも見つからないようこっそりでもいいので来ていただけること、できませんか?』
返信は、二、三時間後にあった。
『いいよ。行く』
俺はそれを見て、静かにスマホを握り締めた。
報われて欲しい人が、一人でも多く増えればいい。
そんな思いを抱いて。
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