第31話 いじめへの対抗手段

 いじめを受けている。


 そう教師に言ったところで、事態は簡単に好転しない。


 それは、俺が中学時代に実例を見たことで実感したことだった。


 クラスメイトの中に一人、内向的で、吃音症を抱えた男子がいた。


 初めて彼に話し掛けた人は、皆まず大なり小なり面食らう。


 声が出ないのだ。


 あれをやっておいて欲しい。君はどう思う?


 そうやって返事を求めるような声掛けをしても、


「や、や、や……っ……っ」


 となる。


 なんていっても、彼は彼で必死に返事をしようとしているのだ。


 返事が上手くできないことに対し、額に冷や汗を浮かべ、挙動不審になり、けれどもどうにか言葉にしようとする。


 それでも簡単にはできない。


 相手の目を何度も伺い、音を詰まらせ、どうにか言葉を形にすることができた。


「やっておくよ」と。


 だが、その時にはもう遅い。


 大概の相手は彼に対して大きな違和感と戸惑いを覚え、次からあまり話し掛けないようになる。


 そして、それだけで済むのならよかったのだが、日ごろの鬱憤を彼にぶつける者さえ現れ始めた。


「アイツ、発表役にさせてみねぇ?」

「アイツを放送委員に仕立て上げてみようw」

「せんせー、●●君の言ってること意味わかりませーんw というか、聞き取れませーんw」


 当時、俺は傍観者に徹することしかできなかった。


 彼を庇い、守ったところで、それが無意味のような気がしたから。


 何をどうしようと、この環境にいる限り彼はいじめられる。


 それに、下手をすれば自分の身が危ない。


 そんな黒々とした利己的な思想の元、俺はなるべくいじめから目を背け、耳を塞ぎ、なるべくその状況を見ないようにした。


 だが、そんなある日、保健委員をしていたとある女子が、彼のいじめられている状況を担任の教師に伝えた。


 彼女も先天的に体が弱く、学校を休みがちだったのだ。


 どことなくクラスメイトの人たちも彼女に対し、『サボり』というレッテルを貼っていた風潮があり、あまり好ましく思われていなかった。


 それでもそんな彼女がいじめられている彼のことを担任に伝えたのは、自分と重ね合わせて見ていたからなのではないか、と勝手に推測してる。


 彼女からすれば、彼を助けたかった。


 そして、少しでも彼に対する風当たりがいいものになるよう頑張りたかった。


 けれど……結果は散々なものだった。


 帰りのホームルームの時間。


 担任はクラス全員に対し、いじめの事実性と、吃音症を抱えている彼が本当に苦しんでいるかの確認を行い、それから机に伏せさせ、いじめに関与していると自覚のある者に手を挙げさせた。


「手を挙げる者は誰もいなかった。君たち、本当に自分の行いをしっかりと振り返ることができているか?」


 そう言っても、大した反応はなく、皆先生の話をただ聞くだけ。


「ならば、●●君。君からでいい。君が思う、いじめを行っていた人の名前を挙げてくれ」


 最終手段だ。


 クラス全員に緊張が走り、ざわつき出す。


 そんな中、いじめられていた彼は、想いを言葉にしようとした。


 スムーズではなく、詰まりながら、どうにか声を発していくいつもの方法で。


 その時だ。


「……ふっ」


 静寂の中、担任が鼻で小さく笑ったのを、最前列にいた俺は見逃さなかった。


 他の奴らが気付いたのかはわからない。


 その後、いじめを行っていたクラスメイトは一人残らず炙り出されたわけだが、結局事態は好転しなかった。


 目に見えていたいじめは鳴りを潜めたものの、それは『静かないじめ』へと姿を変えただけだ。


 卒業を迎えるその日まで、遂に彼へ話しかける者はいなくなった。


 病弱だった保健委員の彼女もその後なぜか不登校になったのだ。


 あの担任が何か差し金をしたのかもしれない。


 いじめの密告を行ったところで、半端な方法では上手くなんていかない。


 ましてや、教師にただ頼るだけではダメだ。


 徹底的に、確かに、いじめを行っている連中へ深刻なダメージを与えなければならない。


 教師へ伝えるのは手段でしかないのだ。


 本当に得なければならないのは、その先にある。


 その先を見据えたうえで復讐しなければ。






●〇●〇●〇●






 その日、俺と楓は放課後になっても風紀委員会の使ってる教室へ足を運ばなかった。


 西城先輩へ連絡をし、ポスター作りは彼女一人に行ってもらう。


 理由は、楓がいじめられているという証拠集めをしたかったから。


 氷堂の弱みを握ることはできた。


 あとはそこを突くための行動をしていくだけなんです。


 そう伝えると、西城先輩はすぐに納得してくれた。


『私も、その時になれば君のことをアシストできるような情報はもう集めてある。いつでも言ってくれ。攻撃を開始する時は』


 そういうことだ。


 俺たちは放課後になっても教室から出ず、文化祭の最終準備に取り掛かり始めるクラスメイトの様子を、ただ座って観察しておくことにした。


 その姿を見て、きっと奴らは何か言ってくる。


 皆が動いている中、何もしていない俺たちは異質そのものだ。


 機を狙い、録音機と動画の撮影をひそかに開始させた。


 楓は、俺の傍で落ち着かないであろう心音と戦いながら、こっそり構えたスマホの様子をチラチラと何度も伺ってる。


 俺も録音機をギュッと握り締めた。


 心臓は決して穏やかではない。


 二人、敵だらけの戦場に丸裸でいるようなものだから。


「っ……」


 最初、俺の目に飛び込んできたのは、氷堂たちと作業を行っている小笠原だった。


 何度もこちらを見ては疑問符を浮かべ、眉間にしわを寄せる。


 その横にいた宮下は、俺たちのことを見ても無表情のままで、ただ一定時間こちらを眺めてるだけだ。


 奴には事前に言ってある。


『芦屋陽乃さんと会話したうえで、今日は放課後教室にいる』と。


 宮下は特に問いただすことなく、『わかった』と一言。


 が、その後こう付け足しもした。


『芦屋陽乃は元気だったか?』


 それに対し俺は、


『元気だし、前向きな人だよ。強い人でもあった』


 と、そう返した。


 彼は『そうか』と満足げに薄っすら笑みを浮かべ、俺の前から去って行ったのだ。


 まるで、俺に『頑張れ』と告げるようにして。


 言われなくても頑張るさ。


 これですべてが終わる。


 今日、これから起こるであろう事実を映像と音声に残すことで。


「……楓、帰る時、コンビに寄ろうな。何か買ってあげるから」


「……はいっ」


 楓の手にそっと触れる。


 互いに緊張のせいでそれは汗に濡れていた。


 生唾を飲み込み、前を向く。


 そんな折だった。


「ねぇ、あなたたちそんなところで何してるの?」


 クラスメイトの女子三人が俺たちの元へ来て、睨みながら問いかけてきた。


 俺はもう一度録音機を強く握り、言葉を返すのだった。


「別に。ただいるだけだ。特にやることも何も無いし、何か手伝おうとしたところで厄介者扱いされるだけだからな」

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