第30話 陽乃さんも本当は
この学校に転校してきて、楓と再会した。
楓は男の子ではなく、女の子だった。
そして、彼女はただの人ではなく、天使だった。
でも、天使は表情を曇らせていた。
羽も白から黒になろうとしてて、その黒のせいで美しく羽ばたけなくて、亡き者になろうとしてた。
天使の羽は白いものだ。
白くて、その羽を使って飛ぶものだ。
だから、俺はまず思った。
彼女の羽を黒に染め上げたのがいったい誰なのか。
そいつを見つけて、ありとあらゆる方法や手段を以てして、徹底的に痛めつけてやらないと。
そういう汚い仕事は俺がやる。いくらでもやる。
そして、もう一度戻してあげないと。
楓の羽を白いものに。
透き通るようなほど純粋で、屈託のない笑顔をまた俺に見せてくれるように。
●〇●〇●〇●〇●
「彼の弱みは、私と彼女。小祝さん」
白くて細い人差し指を伸ばし、それを楓へ真っ直ぐ向ける陽乃さん。
俺は疑問符を浮かべた。
なんとなく言いたいことはわかる。
けど、確実な理解を示すには、ピースの数が足りない。
氷堂からの被害を直接受けた二人ではあるが。
「それはつまり……二人が氷堂から何かされたからってことですか……?」
陽乃さんは俺を見つめ、やがて顎元に指をやり、一秒だけ考え、続けてくれる。
「半分は正解。丸。もう半分は……バツではないね。三角かな」
「三角……ですか」
丸じゃないんだ。どうも正解じゃないっぽい。
一つ息を吐き、脚を組み直す陽乃さん。
「彼の目標とかって知ってるかな? 目指してるモノ」
「いや、知らないです。その……できれば色々と陽乃さんからお話聞きたくて」
「なるほどね。うん。いいよ、全然。好きとはいえ、私も部屋の中で絵ばかり描いてると気分転換したくなるからね。親以外の誰かと話すのなんて新鮮でもってこい」
「なら……すみません。お願いします。ありがとうございます」
二度ほど頭を下げる俺。楓もそんな俺を見て、真似するように頭を下げた。艶やかな髪の毛がさらりと重力に沿って下へ降りる。こんな時だってのに、綺麗だなと思った。触りたいなと思った。楓の髪の毛。
「ズバリね、彼はいい大学に推薦で入ろうとしてるの。私立の、バリバリトップなとこ」
「え、そうなんですか?」
意外な回答。
俺たちはまだ一年生だ。
大学受験を意識してるってのがおかしいとはまるで思わないが、それでも早いと思う。そこまで奴は見据えてるのか。いや、本気で将来とか考えてる人間なら当然なのか? 名門大学を狙ってるとかならなおさらだろうし。
ともかく、陽乃さんは頷いてくれる。そして、続けた。
「完璧主義で見栄っ張り。何気に野心家で向上心の塊。飄々としてるのは、その露骨な本性を隠すための蓑なんだ。だから、大学もいいところへ行こうとしてる。頭のいい学校へ行けば、無条件に周りは称賛してくれるから」
「まあ、でしょうね。W大学とか、K大学に通ってる、なんて知ったら、大抵はその人を褒めます。賢いんだなって」
「たとえ、それはどういう形で入学しようとも、ね?」
反論するな、とでも言いたげな視線を向けてくる陽乃さん。
たぶん、彼女は俺の心の内を見抜いてる。
考えてたことがバレてるんだ。
――学力が必要な一般入試ならともかく、推薦入試で入った人間はそこまで賢くない。
そう言おうとした思考を。
つい愛想笑いしてしまう。
大人だな、陽乃さんは。
野暮なんだよ。このタイミングで推薦入試がどうとか言うの。
「そういうわけで、彼は推薦入試での大学進学を目指してる。定期テストの勉強を頑張って、日々の生活でも明るく、そしてあたかも社会貢献するのが好きみたいな風にして、色々な学校活動に取り組んでね」
「……はい」
「でも、だよ? そこで、私たちは彼に何をされたかな?」
「……あ」
「学校に行くの、辛くなるようなことをされたよね。小祝さんなんていじめられてるみたいだし」
「…………なるほど」
察した。そういうことか、と。
俺が気付いたのを見て、陽乃さんも毒気のない表情で頷く。
「全部証明できるものとしてまとめて、先生たちに見せるんだよ。そしたら、まだ一年生とはいえ、少なからず推薦入試には悪影響だよね。彼、すっごく嫌がると思う。腹を立てると思う。自分の積み上げたもの、一気に崩される気がして」
「……ですね」
「何なら、SNS投稿でも面白いかもね。それが上手いことハマれば、より確実に推薦入試は通らなくなる。たくさんの人たちに叩かれちゃうかも」
クスッと笑う陽乃さん。
無意識に俺も笑みを浮かべてた。
復讐の光を感じたような笑みを。
「とにかく、すべては晒すことが大事。直接的な説得とか、突撃とか、そんなものは無意味だし、何より上手くいかないかもしれないからね。淡々と、粛々とこなすの。復讐を」
「……陽乃さんはやらないんですか?」
「え?」
「復讐とか、そういうの。やらないんですか?」
俺の問いかけを受け、彼女は一瞬キョトンとしたのち、軽く笑って、
「しないしない。私はそういうの」
「やっぱり大人ですね。自分を抑えてって」
「ん? あぁ、ううん。違うよ。そうじゃない。そうじゃないの、シキワくん」
首を傾げる俺。
陽乃さんは笑ったままだが、その瞳から光を完全に消失させ、
「きっと私以外にもこういうことされる人いると思ってたから。足りないでしょ? 私だけじゃ。待ってたんだ。こうして溜まってくの」
なるほどな、と俺は少しぎこちなく頷く。
本当、なるほどだ。
気にしてないなんて、全部嘘。
本当は、一番氷堂を憎んでたのはこの人で、一番復讐するタイミングを狙ってた人だった。
生唾を飲み込む。
「私が証明できるものとかはさ、全部音声データや動画がUSBに入れてあるんだ。だから、準備はいつでもできてる」
「……わかりました。じゃあ、俺たちは……」
「うん。溜めて。明日から、しっかりね」
「文化祭までにはある程度の量を確保しますよ」
「お願い。あはっ。楽しくなってきた」
陽乃さんは恍惚の表情を浮かべていた。
【作者コメ】着実にラストへ向かってます。あと……5話ほど? わかりませんが、最後までお付き合いいただければと思います! 次回、教室内で証拠集めです!
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