第29話 乗り越えた先に描くもの
「いじめ……? その子、今いじめを受けてるの……?」
陽乃さんがぎこちない口調で問うてくる。
まるで、触れられたくないものに触れられて、けれども強がって仕方なく触ってるような、そんな表情を浮かべながら。
俺は頷き、
「氷堂伸介から始まって、奴の友達、そこからクラスメイト達へ、という風な流れです。よくない噂も流されてる。要は攻撃対象になったんですよ、氷堂の」
「っ……。そ、そう……なんだ」
唇を噛み、彼女は歯切れ悪く返してきた。
そこから繋がる言葉はない。
ただ、俺の話を聞き入れただけのような感じだ。
だから、俺は自分から話を続けた。
「正直、今こんなことを先輩に聞くのは間違ってるってわかってます。辛い過去を思い出すような行為だし、それを要求する俺は最低だし、それに……」
「……それに?」
オウム返しのように、俺の目を見ずにそう言う陽乃先輩。
俺は続く言葉を苦虫を噛むみたいにして口にした。
「……それに、先輩からしてみれば、もしかすると一つも利益になるようなことじゃないですから。会って間もない俺がこんなことを聞くのなんて間違ってるとしか思えない」
「……けど、君はそれが聞きたくて仕方ないんでしょ?」
「……はい」
正直に頷く。
今さら隠す気にもなれなかった。
そんな俺をジッと無言で見つめ、やがて陽乃さんは、短く小さいため息をついた。
「確かにそうだね。君が私に聞きたいことなんてなんとなく想像できるし、それを聞かれて私が答えたとして、こっちには利益なんてほとんどない。学校に戻って人間関係の再構築を図ろうだなんて微塵も考えてないんだから」
「っ……」
「けれどね? けれど、だよ? シキワくん」
「……? は、はい……?」
「こうも考えることができる。私は学校に通うつもりがもう無いから、その時のことを思い出話のように軽く語ることが可能だ、と」
「え……?」
「学校へ通わなきゃいけない。いつか通いたい。心のどこかでそう思っていると、学校に関する悲しい過去は、まだ自分の中で研ぎ続けていないといけない記憶になる。それを元に、学校へ戻った際、人間関係の構築を図らないといけないからね」
「で、でも……」
「でも、私にそれはもう必要ないんだ。だから辛いことだって、今なら歳を取ったおばあちゃんが昔話を語るように話せるということ。いいよ、ぶつけてくれたって。君の抱えてる質問」
「先輩……」
「別にそんな悲しい顔して見つめてくれなくたっていいから。私のことは何も考えなくていい。気が変わったってところもあるんだ。幼馴染さんの話を聞いて」
「楓のこと……ですか?」
陽乃さんは微笑しながら頷いた。
「まだ具体的に詳しくは聞いてないけど、例の彼関連でひどい目に遭ってるのなら、協力してあげないって選択肢はない。ごめんね。名前は私の口から出したくなくて」
「い、いえ、そんな。俺の方こそすいません。色々と配慮の方ができなくて」
「ううん。シキワくんが謝ることない。悪いのは……紛れもなく私だから」
「……氷堂じゃないんですか? 悪いの」
問うも、陽乃さんは首を横に振った。
「私だよ。勝手に好きになって、期待して、振られただけだから。その後のことをどうしようと、それは彼の勝手」
「で、でも、陽乃さんはそのせいで――」
「それも私が弱かっただけ。学校に行けなくなったのは、単純に私の弱さが原因」
「そんな……」
この人はどこまでいい人なんだ。
こんなの、どう考えたって氷堂が悪いのに。
「大人になったら、きっともっと大変なことがあると思うからね。今のうちにそれを知れてよかった。今度はこういうことがあっても逃げないって決めてるんだ」
言いながら、陽乃先輩は机の上に置いてあったタブレット端末の画面を見せてくれる。
そこには、美麗な描かれ方をした女の子のイラストが写ってる。
「私、絵描くのが好きなの。ちょっと色々依頼も受けてて、家に引きこもりながらこういう活動してます」
笑み交じりにそう教えてくれる彼女。
その表情には、さっきまで見せてた曇りのようなものは一切ない。
「たぶん、昔の堅物だった自分に今の私の姿を見せたら、きっと何考えてるんだって思うはずなの。でもね」
「……はい」
「私自身色々あったけど、こうして傷付きながら成長できた気もするし、それはそれでいい経験になったと思ってる。だから、気にしてくれなくていいの、本当に」
「……先輩……」
「聞きたいこと、何でも聞いて? 今の私が君たちにできること、それくらいしかないし」
まさかこんな展開になるとは思ってもなかった。
西城先輩に陽乃さんと会うよう言われた時は、きっと一筋縄じゃいかないと思ってた。
けど、こうなった。
もしかすると、本当のところ、西城先輩はこうなることを予測してたのかもしれない。
過去の傷から立ち直れてた陽乃さんだからこそ、俺たちに会うよう言ったのかも。
本当のところはよくわからないが。
「……わかりました。そういうことなら、質問します」
「うん。いいよ」
「氷堂の弱みみたいなもの、先輩は何か握られてないですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます