第28話 自虐的な彼女
「都合が良いんだね。あなたたちって」
部屋の扉を開けた先から出てきた、メガネを掛けた女子は、無言のままに俺と楓を見つめた後、確かにそう呟いた。
装いは完全に家着そのもので、簡単なスウェット。
俺は別に気にしないが、たとえば橋上さんや西城先輩、楓が同じ格好をしていた場合、やはり少しくらいは恥じらうような気がした。
でも、目の前に立ってる彼女はそんな様子を見せず、すぐに自虐的な笑みを浮かべ、
「って言っても、それは私もかな。あなたが色々と言うからこうして出てきたわけだし。学校もしばらく行ってないのにね」
力のない色を瞳に灯しながら言った。
俺も何か言葉を返すべきだ。
そう思ってそれらしいことを言おうとし、けれども状況に見合った言葉を選ぶことができずたじろいでいると、左斜め後ろにいた月乃さんが静かに小さい声で呟いた。
「陽乃。お母さん、お茶とお菓子持っていくから。部屋の中でお話するといいわ」
月乃さんは微笑混じりの柔らかい表情で言い、陽乃さんが返答するのを待たずして、階段の方へ歩いていく。
そして、そのまま一階へ降りて行った。
俺たち三人は、陽乃さんの部屋の前で取り残される形となる。
混乱していた。
自己紹介でもすれば良いのか。そう思い、ぎこちなく俺は自分の名前を口にする。
「は、初めまして。敷和……夏樹といいます」
「小祝楓、です」
俺に続いて、楓が自分の名前を口にする。
陽乃さんは「よろしく」と返してくれるわけでもなく、頷くだけ。そして、表情を変えずに「ごめんなさい」と謝ってきた。
「たぶん、私があなたたちの名前を知ってもあまり意味はないと思う。卒業まで学校に行く気もないし、そもそも卒業できないと思うから、私」
「そ、そんなこと……」
「あるよ。そんなことある。というか、そういうものでしょ、高校は。義務教育ってわけでもないんだし」
またしても自虐的に笑いながら言う陽乃さん。
けれど、考えていたよりも笑う人だとは思った。
もっと心を閉ざし切っていて、近付く人すべてに攻撃的なんじゃないかと勝手に想像していたから。
どうやらそうではないみたいだ。
「まあ、いいや。とにかく、お母さんもああ言ってたし、部屋の中入る? 汚いけど」
「……いいんですか?」
遠慮を見せつつ、俺が問うと、彼女はどこかヤケクソのような感じで、
「いいよ。さっきも言ったけど、私はもう学校に行くつもりないし。同じ高校の人たちに汚い部屋の女だって思われても、それはもう関係がないから」
「……」
「言いふらしてくれてもいいよ? 前まで風紀委員で偉そうなことばかり言ってた芦屋陽乃は、部屋の片付けもできなくて、だらしない格好で後輩の前にいても平気な女だ、って」
「そんなことはしないです。気にしてないですから、何も」
陽乃さんは、俺と楓を部屋の中に招き入れてくれながら、「ふふっ」とまた自虐的的に笑み、
「嘘。男子ってそういうこと言いながら本当は心の中で貶してるの知ってるよ」
「っ……! い、いや、別に……!」
「ああ、でも違うね。『男子』って言うのは違う。女子もかもしれない」
楓の方を見ながら陽乃さんは言う。
楓はビクッとし、首を横に振った。
「思ってません。そんなこと」
と、口にしながら。
陽乃さんは「いやいや」と冗談っぽくさらに返してくる。本当は全然冗談じゃないくせに。
「私たちの歳頃だとそんなものだと思うよ。訂正するなら、私と本当に仲のいい人以外は、今の私の格好をバカにするに決まってる。だって、誰かに見られてる私自身が、今の私の格好をバカにしてるんだから」
「……っ」
返す言葉がない。
俺は、まだこの人のことを本気で慰められるような言葉と思いを持ち合わせてはいないから。
きっと安い慰め文句なんて口にしても、陽乃さんはさらに俺と楓から距離を取ってくる。
また、自虐的に笑いながら。
たぶん、この人はそういうタイプだ。
「はい。じゃあ、適当に空いてるところへ座って。すぐにお母さんがお茶とお菓子持ってくるみたいだから」
「……わかりました」
言って、俺と楓は三つほどあったクッションの上に腰を下ろす。
汚いと言っていた陽乃さんの部屋だが、俺から見れば綺麗な方だった。
雑誌や漫画は本棚に整理して置かれてるし、ゴミが部屋に散乱してるわけでもない。
ベッドの上になぜか服が無造作に並べられてるが、それ以外は気になるところもなかった。いい匂いもする。
「それで、改めて聞くけれど、今日はこんな私の家に何をしに来たの? プリントでも渡しに来た? 今はもう担任の先生が週に一回ほど玄関先に来てくれるだけだけど」
学習机に備え付けられた椅子に腰掛け、俺たちよりも高い目線から陽乃さんが問うてくる。
俺は楓に少しばかり目配せし、答えた。
「風紀委員長をしてる西城先輩から、陽乃さんに渡して欲しいものがある、と言われて来ました」
「うん。なんかそういう風なことはお母さんと話してる時に聞こえた。でも、それだけじゃないんだよね?」
「……は、はい。まあ……」
見透かされてる。
俺は生唾を飲み込み、どうにか続けた。
「……氷堂……伸介について……少し聞きたいことがあって……」
「……え?」
陽乃さんが、さっきまでとは違う表情を浮かべた。
それはどこか余裕が無くて、光の無かった瞳の中に恐怖の炎が現れたような、そんなものだ。
やはりというか、マズかったのかもしれない、と直感でそう思った。
俺も、つい言葉を連続させることができなくなり、間を作ってしまう。
ただ、それを陽乃さんは感じ取ってくれた。
俺から目を逸らしつつ、頬を引きつらせながら、強がったように言う。
「うん。それで……?」と。
俺もそれに助けられ、なんとか言葉を繋いだ。
「は、話は色々な人から伺ったんです。本当、勝手であることはわかってるんですが……」
「……いいよ。知られてることを誰かに話されるのは、私が止められるものでもないし、そういうものだって割り切ってるから」
「は、はい。それで、何ですけど……」
「うん」
陽乃さんが頷いたのを見て、俺は隣に座ってる楓の方を指差す。
「この子……小祝楓は、俺の幼馴染なんです。小さい時、ずっと一緒にいて、仲も良くて」
「へぇ。いいね、そういうの。憧れる」
「でも、俺たちは親の仕事の都合でしばらく離れ離れになってた。再会したのは本当にここ最近の話なんですが……」
「うん」
「楓は、いじめられてたんです。氷堂と、その友人グループを中心とした、クラスメイト全員から」
「……いじめ……?」
【作者コメ】長くなりそうだったので、中途半端ですがここで切りました。申し訳ありませぬ。次回、早めに更新します。
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