第27話 芦屋陽乃
「ここにいる楓もです。楓も氷堂から傷付けられて、現在進行形でいじめを受けてるような状況なんです」
ここまで来て隠す必要も無い。
俺は目の前に座る月乃さんへ今の状況を赤裸々に話すことにした。
月乃さんは俺の言葉を聞いて怪訝な表情を作り、小首を傾げる。
「小祝さんが……いじめられてる……?」
俺が頷くと、彼女は続けざまに質問してくる。
「それはどういう経緯で? もしかして恋愛絡み? 陽乃と同じ理由かしら?」
「恋愛絡みは恋愛絡みなんですが、楓は氷堂に告白されて、それを断った。その腹いせで氷堂は周囲の仲のいい連中を使って攻撃したりしてるんですよ」
「そ、そうなの……?」
月乃さんから問いかけられ、楓はうつむきながら頷いた。
嫌な過去を思い出させる。申し訳ない。
「……酷い話ね。自分が振られて、その腹いせに攻撃を始めるなんて」
「少なくともいい奴ではないと思います。けど、奴は顔が良くて、外面もいいうえに人脈もあるので。下手な反抗ができないんですよ。やるんなら、用意周到に作戦を組んで、徹底的に氷堂の評価を地の底に落とす証拠とかが無いと」
「それはまた、あなたの発言も怖いわよ。地の底に落とす、だなんて」
「仕方ないです。楓を傷付けられて、俺も黙ってるわけにはいかないんで。絶対復讐してやるって気持ちしかないです。すみません」
視線を外すことなく、月乃さんをジッと見つめて言い切る俺。
彼女はそれに観念したのか、目を閉じてため息をつき、
「……やり過ぎはダメよ? やるなら、適度にやりなさいね」
「はい。そのつもりなんで大丈夫です」
月乃さんはまたため息。
そして、淹れていたコーヒーを一口飲んだ。
味わってる様子はない。ただ、口の中にコーヒーを入れ、気を紛らわせてるようにしか見えなかった。
●〇●〇●〇●
その後、俺と楓、それから月乃さんは、三人で氷堂に対するやり取りを続け、家に帰ることになった。
ただ、帰る前に一つやることがある。
それは――
「本当にいいんですか? 俺たち、まだ陽乃さんと面識は一切ないですが」
「いいのよ。陽乃も似たような境遇の人が来てくれたって知れば、必ず興味を示してくれるはず。それが心のケアにもつながるかもしれないから」
にこりと笑い、言われた場所は、芦屋家の二階。陽乃さんの部屋より少し離れたところだ。
俺たちは、今から陽乃さんへ声を掛ける。
別に部屋から出て来てくれ、とは言わない。
ただ会話がしたいだけだ。似たような境遇を持つ楓を見て、どんな反応をするか気になった。
無視って線もあるわけだが、どうなんだろう。
心臓をドキドキさせ、陽乃さんの部屋の扉へ近付く。
して、扉の前に来たところで軽く深呼吸し、ノック。
「あ、あの、芦屋陽乃さん、ですよね? 俺、座敷山西一年の敷和って言います。今日はちょっと陽乃さんとお話ししたくてここへ来たんですが」
「開けて……くれないですか?」
楓も言ってくれる。
が、扉の向こうから帰ってくる言葉はなかった。
「陽乃? いるわよね? 扉を開けて頂戴。ここにいる敷和君と小祝さんは、あなたと同じで氷堂君に虐げられてる人たちみたいだから」
扉の向こうで「ガタッ」と椅子を引いたような音がした。
陽乃さんはいる。それは確定だ。
「俺、復讐を考えてるんです。氷堂に対する復讐。一緒にやりませんか、とは言わないですから、お話だけでもさせてください。お願いします」
コンコン、とノックを続けながら言う。
切れ目はない。怪しい勧誘みたいなことをしてる……けど、それも別に気にならない。それくらい俺は本気だ。氷堂を陥れようとしてる。
「陽乃さん。お願いです、ここを開け――」
「……復讐って何?」
「「「――!」」」
三人で固まってしまう。
返事があった。扉の向こうから。諦めかけてたのに。
「あっ……! え、えっと、具体的にはまだ考えてないんですが、陽乃さんと話しながら何かを決めていけたらいいな、と思ってて」
「暴力?」
「い、いえ、そんなことするつもりはないです」
「じゃあ、裏でコソコソ何かやる感じなのね」
「は、はい。……褒められたことじゃないですが」
「……」
自虐的な笑みを浮かべながら返すも、陽乃さんからの返事はすぐに無かった。間を空けられ、何とも言えない雰囲気になる。
……が。
「……止めといた方がいい。あの人に攻撃するの」
「え……?」
「無理だから。コソコソ何か仕返しするとか。結局自分に何倍かで返って来る。それこそ、自殺しそうになるレベルで」
「っ……!」
「あの人はそういうタイプだから」
楓は実際死にそうになるレベルまで追い詰められてた。
この人は……どうなんだ?
月乃さんへ目配せするも、彼女は俺と目を合わせるだけで、それらしい回答をくれなかった。
俺は軽く咳払いし、
「陽乃さんはどうなんですか? 死にたくなるくらいまで彼に追い詰められてたんですか?」
「……さあ」
「さあ、じゃわからないですよ。どうなんですか?」
「……」
答えようとしない。
徐々に俺の口調も荒くなってきてる。
それに気付いてか、月乃さんが抑えるようジェスチャーしてきた。
けど、ここで引くわけにはいかないんだ。
どうにかして彼女と話し、情報をもらわないと。
「陽乃さん。今日俺たちがここに来たの、実はある人間から会いに行って欲しいって言われたからなんです」
「……」
「宮下秀志。わかりますよね? いとこって聞きましたけど」
言うと、傍にいた月乃さんが「そうだったの? 秀ちゃんに言われて?」と問うてくる。俺は頷いた。
「あいつも協力してくれるんです。前までは氷堂と仲良くしてましたけど、やっぱりおかしいってことらしくて」
「……」
「仲間、増えてきてます。今なら抵抗できます。ずっと隠れてなくたって、どうにかなるんですよ。氷堂のこと」
「……」
一貫して無言。
随所に気になるであろうワードを並べたはずなのに、これでも無反応とは。
もう諦めるしかないのか。陽乃さんと面と向かってちゃんと会話するのは。
そう思ってた矢先だ。
おもむろに部屋の扉が開いた。
何事かと思って見やると、そこには――
「こんばんは」
長い髪の毛を括ることなくそのままにした、メガネの女子が立ってた。
彼女が芦屋陽乃なんだろう。きっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます