第22話 謝罪

 楽しい時間を過ごしている時に、会いたくない奴と会ってしまう。


 それは、悪いことが起こって欲しくない時に起こってしまうのと似たようなもので、体感的に言えば、かなり高い確率で起こる現象のような気がする。


「お熱いねぇ。教室でもべったりだけどさ、帰り道も一緒だなんてよ」

「まあ、当然と言えば当然なんじゃないか? 教室で一緒なら、帰り道もまた一緒だろうし」


 最悪だった。


 どうしてこんなタイミングで小笠原と宮下に遭遇してしまうのか。


 しかも、何で話しかけて来た。教室内じゃ、いつも遠くから俺たちのことを冷たい目で見てるだけのくせに。


「……楓。大丈夫だよ。俺の傍にいて」


 楽しそうにしてたのが一変。怯えながら足元を見つめる楓をうしろへ隠し、二人を睨むように見やった。


 が、小笠原と宮下は茶化すようにヘラヘラしながら、


「ちょっと待って、敷和くん。勘違い、勘違い。俺たち、別に君ら二人のことを貶したりしに来たわけじゃないから」

「そんなガキみたいなことしないって」


 まるで説得力のない語調。


 俺はより一層きつい視線を奴らへ送り、


「じゃあ、いったい何をするために話しかけて来た? お前らが貶す以外のことで俺たちに近付くとは思えないんだが?」


「いやいや、それ、かなり被害妄想入っちゃってる。ダメ? 何も用無いのに話しかけたりしたら」


「教室じゃそんなこと一切してこないくせに。何言ってる? 怪しすぎるんだよ」


 とっくの昔に、俺とこいつらは気軽に話せない仲になってる。それなのに、ここで会えて話しかけてくる理由がわからなかった。


「正直に言えよ。あとを尾けてた、とまでは言わないが、俺たちに何か言いに来たんだろ? また、好き勝手なこと言ってるいつもみたいな風にさ」


 俺が言うと、小笠原と宮下は互いに目を合わせる。そして、小笠原がため息をついた。宮下は呆れるように俺の方へ視線を戻してくる。


「敷和、悪かったな。確かに今、小笠原が言ったことは嘘だ。俺たちはお前……いや、お前と小祝さんに言いたいことがあって、二人のことを学校から追ってた。言ってしまえば尾行だ」


「もっと言えば、ストーキング、かな(笑)」


 ふざけたように言う小笠原の頭を、べしっと隣から宮下が叩く。


 ストレートすぎるわ、と。


「まあ、何にせよ、そう警戒しないでくれるとありがたい。今、ここには伸介も凛華も、他の女子だっていないんだ。怯えるような奴はいないよ」


「だから、何を言ってる? 警戒するな? 氷堂たちはいない? 怯えなくてもいい? ふざけないでくれ。俺からしたら、お前たち二人もあいつらと同類なんだよ。楓を傷付けてたクズだ。クソ野郎だ」


「……ひでぇ言われようだな」


「そりゃそうだ。容赦するつもりはない。楓はお前らが思ってる以上に、ずっとずっと傷付いてる。その分お返ししてやりたいくらいだよ」


 俺の言葉を受け、ようやく小笠原と宮下は表情を曇らせる。


 ここまで恨まれてるとは思ってもなかった。そんなところだろうか。


「……悪かったよ。でも、聞いてくれ、敷和くん。俺たちだって別に――」

「おい、小笠原お前、いったい何を……!」


 何かを言おうとした小笠原を焦りながら止める宮下。


 が、小笠原はそんな宮下を振り払うかのように言い返した。


「ここまで来たんだ。今さら何も隠さなくたっていいだろ? さすがにもう限界だよ、俺は。伸介に付き合うのも」

「っ……!」


 限界……?


 何が限界だと言うのか。


「もちろん、それが伸介を裏切るってことに繋がるのもわかってる。これがバレたら、俺はあいつと絶交だろうな、たぶん」


 宮下がすぐに小笠原へ言葉を返そうとする。


 だが、俺はそんな宮下を遮るようにして、言葉をぶつけた。


「どういうことだ? 氷堂を裏切る? それに、限界って何だよ?」


「何だと思う?」


「おい、お前。俺は――」


「わかってる。わかってるよ。ふざけてるつもりは一ミリもない。言った通り、君にもう隠し事もしないつもりだ。俺は」


 だったら早く詳しいことを話せ。


 そう言おうとしたところ、だ。




「今年の文化祭で、君は伸介に殺される。敷和くん」




「……は?」


 言ってることの意味がわからない。


 俺の後ろに隠れてる楓も、息を呑んだのがわかった。


「でも、安心してくれ。それは物理的な意味じゃない。社会的にってことだ」


「……いや、一つも安心できないんだが。訳わからん。どういうことだよ?」


「もう、文化祭本番も含め、学校自体を休んだ方がいいかもな。俺にはこれくらいしか言えない。伸介のやろうとしてることは、本当にもう常識を逸脱してるよ」


「答えになってないって! どういうことだ!? 社会的にって、あいつは俺に何するつもりなんだよ!?」


 声が大きくなってしまう。


 辺りはもう暗い。


 闇夜の中でも、俺の声はよく響いた。


 小笠原は、そこから先のことを言おうとしなかった。


 代わりに、黙り込んでいた宮下が悩まし気に息を吐き、


「すまない。実は、俺たちも具体的に伸介が何をしようとしてるかまではわかってないんだ」


「は、はぁ……?」


「ただ、君を社会的に抹殺する。文化祭期間から、当日。その間に敷和夏樹を殺してやる。そう息巻いてただけだから……」


「な、何だよそれ……!」


 困惑するしかない。


 奴が俺にしようとしてること。それが何なのかまるでわからず、不安を覚えてしまう。その不安感が腹立たしかった。あいつに不安を植え付けられてる事実に苛立つ。


「今日は、そのことを伝えたかった。もう学校にはしばらく来ない方がいい。小祝さんの時もそうだったけど、伸介はやると決めたこと、絶対にやる奴だから」

「……そんなこと、今さら俺たちが言ったところで、なのかもしれないが」


 ……くそっ。


 氷堂伸介。あいつは、本当に何なんだ……。


 どうしてそこまでのことを他人へしようとする。


 動揺の渦中にいた時だ。


 ふと、俺の後ろから、か細い声が鳴った。


「…………ですか?」


「……え?」「……?」


 小笠原と宮下が反応する。


 俺は、何も言わず、ただうつむくだけだ。


「……やっぱり、私がいるからですか……?」


「私が……いるから?」


 小笠原の疑問符に対し、楓は頷き、


「私が夏樹くんと仲良くしてるから……そのせいで……こんなことに……」


「っ……」


「ごめんなさい……本当に……夏樹くん……」


 俺の背にすがりつき、涙声で謝罪の言葉を口にする楓。


 小笠原は心苦しそうに唇を噛み、宮下は眉をひそめて横へ顔をやっていた。


「……小祝さん」


 小笠原が楓の名を口にする。


「……今さらなんだけど……俺……実は君にずっと謝りたかったんだ」


「……へ?」


「ノリで、とはいえ、伸介に同調するように、君のことを普段から蔑んでた。本当は何も無いシロだっていうのに、嘘の情報を適当に流したりして、君を追い詰めて……」


「……小笠原……くん……?」


「俺もだ。本当に申し訳なく思ってる。すみません」


 二人して頭を下げてるこの状況がどれほど異様なものか。


 それは、楓の困惑ぶりからも見て取れる。


 いくら何でも急だ。この程度の謝罪で俺は許したいと思えない。


「……顔、上げてくれないか?」


 俺の言葉を受け、二人が恐る恐る顔を上げる。


「そういうのは、全部が終わってからにしてくれ」


「……!」


「氷堂のやろうとしてること、俺は暴こうと思う。謝る気があるくらいだ。お前らも協力してくれるよな?」


 言うと、小笠原と宮下は互いの顔を見つめ、やがて頷くのだった。

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