第21話 あなたの香りに

楓容疑者を連れ、俺は家までの道を歩いていた。


 学校からは既に離れてる。すれ違う人々も同じ制服を着てる奴が少なくなり、一般の人がほとんどといった感じだ。


 ……そろそろいいかな?


「楓、そろぼちブレザーから解放しようと思うんだけど、いい? ちょっと歩きづらかったよな?」


「いえ。歩きづらいってことはないです。少し視線が気になるくらいで」


 あぁ、そっか。それもそうだ。


 楓の三つ編みを隠すためにブレザーを被せたのだが、周りから見れば、その姿は言うまでもなく怪しさ満点。


 隠したいのか、目立ちたいのか、どっちかわからない。結果として、三つ編みは隠せてるからオーケーなんだけど、にしても必死過ぎだ、俺。どんだけ楓の三つ編み姿を独占したいんだろう。異常だと思う、自分でも。


「けど、その視線も……ほら。こうしたら見えないんですよ~。隠れ身の術~。えへへっ」


「隠れ身じゃないと思うけどね。思い切り胴部分から足先まで他の人には見えてるし」


「顔が隠れたら何でもいいんですよ。もっと言えば、目元だけでも。私が他の人を認知してなければ、恥ずかしいって感情は沸きませんから」


 軽くドヤ顔で言う楓さん。どこにドヤれる要素があるんだろう。可愛いからいいけど。


「それにそれに、こうして顔を隠してたら、夏樹くんの香りでいっぱいになるんです。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。えへ、えへへ、えへへへっ……」


「楓さん、その発言はちょっとマズいし、深呼吸も堂々とするの止めようか。目の前に俺いるんだから」


「やめませんっ。むしろ、深呼吸してるところはわざと見せてます。ライクスメル。グッドスメルですので」


 もごもごとくぐもった声で言う楓。


 いったい何を言ってるんだ、と素直に思う。


「ていうか、だいたいそうやってずっと顔隠してたら危ないぞ? 一瞬程度ならいいんだけどさ」


「大丈夫ですよぉ。楓くんが傍で支えてくれてるので。私は香りを堪能するだけでいいんです」


「……へぇー……」


 なら、ちょっとイタズラしてやろ。


 目の前に溝とか危険なものは置かれてないし、この辺りの車通りは少ない。比較的安全だ。


 俺は楓の肩からパッと手を離した。


「ぅえっ……!?」


 瞬間的にうろたえ始める妖怪ブレザー被り。


 歩くのを止め、もぞもぞしながら辺りをキョロキョロ見るような仕草をしだす。いや、その状態でキョロキョロしたって何も見えんでしょうに。


「な、夏樹くんっ! 夏樹くんっ! どこに行きました!? 置いてかないでぇ! 真っ暗だよぉ!」


 そりゃそうだ。ブレザー被ってんですから。


「私……ここで死ぬんだ……」


「いや、何でそうなる。ブレザーを頭から外しなさいよ、ブレザーを」


 呆れながら言って、俺はもう一度楓の肩に手を置き、支えてあげる。


「うぅぅ……楓くんのイジワルぅ……」


「悪かった。でも、楓? そういう時はまずブレザー頭から外そうな? とても危険なので」


「嫌です。夏樹くんの香りに包まれて死ねるなら本望なので」


「……(汗)」


 どうしようもない子だなって思った。


 昔はここまで変態っぽいこと言うキャラでもなかったのに。


 時間っていうのは人間を変えてしまうんだなぁ、と痛感。やれやれである。


「まあ、とりあえずこれは没収。怪しさ全開ではあるし、ここまで来れば楓のこと隠さなくてもよくなったから」


「あぁぁ! 私の夏樹くんスメルがぁ~」


「スメルゆーな。変態っぽいから」


 ブレザーを楓から外して、自分で着る。


 その際、いつもの自分の匂いとは別に、楓の使ってるシャンプーか何かのいい香りがして、ドキッとなった。


 いかんいかん。人にスメル云々言うなって注意したばかりだ。うろたえてちゃいけない。普通に着よ。


「ところで楓、明日は――」


 風紀委員のポスター制作、どこまで進める?


 そう言おうとした矢先だ。




「やっぱ君ら、帰る時もべったりなんだな」




 聞き覚えのある声がすぐ後ろからした。


 俺は即座に振り返る。


「お前……小笠原と……」


「宮下な。宮下秀志。覚えられてるよな、俺?」


 小笠原と宮下。


 氷堂と仲のいい二人がそこにいたのだった。










【作者コメ】更新頻度上げたい。それに尽きます。

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