第20話 独占欲
文化祭準備期間の放課後は、基本的に活動をしない部がほとんどらしい。
だからか、昇降口辺りには大勢の人たちがたむろしていた。
友人同士で駄弁ってる集団に、恋バナに花を咲かせてる集団。もちろん、真面目に文化祭の準備について語り合い、あれが足らない、これが足らない、と打ち合わせしている人たちもいた。ただ、そういう真面目だと思われる人たちに対して言いたいことがあるとするなら、こんなところで話すんじゃなくて、空き教室とか、自分の教室で打ち合わせはして欲しいと思ってしまう。
実際、遅くなってるとはいえ、まだ完全下校を強制される時間でもない。
校舎の方に残って作業をしてる人だっているし、あと三十分は色々やれるはずだ。何も人のよく通るところで話し合いしなくてもいいだろう。
「夏樹くん。人、たくさんいますね」
人々の声のせいでガヤついてる中、上履きからローファーに履き替えながら楓が俺に言ってくる。
俺は頷き、
「まあ、部活とかも無いし、友達待ってる人多いんじゃないか? ほら、校舎内で作業してる人間も割とまだいるだろうし」
「そうなんですかね? 見たところ、皆何人かのグループを既に作ってるように思えるんですが。待ってるってことは、あれ以上にまだ友達がいるってことですもんね。凄いです」
「間違いないよ。俺なんか、人間関係は狭く深くなタイプだし、交友関係を広げられる人なんて素直に尊敬。個人的には絶対無理」
「無理、ですか。でも、夏樹くんは優しいし、普通にしてたら色んな人が寄ってきそうですけどね。私と違って」
苦笑しながら言う楓に対し、すぐさま「いやいや」と首を手を横に振った。ローファーも履けた。歩き出しながら続ける。
「人が寄ってくるのは明らかに俺じゃなくて楓の方だって。三つ編み、すっごく似合ってて可愛い。反則」
「ぇ……」
か細い声を出し、照れて反応する楓。
俺についてきながらも、作ってあげた三つ編みを自分の手でさわさわしてる姿がまた良かった。
「若干後悔してる。作ってあげるなら、家とかでの方がよかったかもなーって。ここだと色んな人に見られるし」
「じゃ、じゃあほどいた方がいいです? 夏樹くんが困るなら、私全然ほどきます」
「いや、今ここでほどくのはダメ。それはそれで注目集めるから」
「ふえぇ? あ、集めます? 注目」
困惑したように楓は訊いてくるのだが、それは頷かざるを得ない。
なかなかこれに気付くのは難しいだろう。男の俺だからこそわかることだ。
「楓さ、綺麗な髪の毛してるだろ? それをこの往来の場で展開させて、サラサラと夜風に流してみたら、そいつはもう大変だよ。男子は絶対見るし、楓のこと魅力的に思う奴だってさらに現れる。だからダメ。そのままで耐えの姿勢をお願いしたい」
「わ、わかりました……わかりましたけど……夏樹くん……」
「はい」
「き、綺麗……とか、魅力的……とか、あまりホイホイ言わないで……。私……なんて言っていいかわからなくなるので……」
頬を朱に染めながら言う楓。
やれやれだ。
俺は自分の顔の前で手を擦り合わせ、静かに一礼。ありがとうございますの意をこれでもかというほどに込めた。
「楓のそういう反応もすごくいい。ありがとう……ありがとう……」
「な、何言ってるのぉ……もぉぉ……」
ふしゅぅ、と頭上から湯気でも出てるような錯覚が見えた。
恥ずかしがってる楓は顔だけじゃなく、耳まで赤くさせ、持っていたカバンをもぞもぞ。
取り出したのは一つのキャップ。
何でそんなものを持ってるのか、と問うてみたくなったけど、おもむろにそれを被った楓を見て、質問する気が失せた。
何も言わず、また一礼。
楓は困惑し、「どうしてさっきと同じ反応!?」とあわあわしてた。だっていいんだもの。三つ編みキャップ姿。思わぬ眼福シーンに巡り会えたよ。
「で、でも、夏樹くんの言う通りな気がします。どことなく私、見られてるような……」
「やっぱりか」
言いながら、俺もその気配は感じ取っていた。
噂のこともあるし、何もしなくたって楓が近くを通ると、ひそひそと陰口を叩く連中だっているくらいだ。いつもと違う髪型で歩けば、当然視線の的になる。わかってた。
だから――
「正直さ、俺、楓のこと独占してるんだぞってのを皆に見せたかったのかもしれない」
「へ……?」
「ちょっと、キャップ取ってくれる?」
「キャップを……」
俺の言った通り、キャップを脱いでくれる楓。三つ編みがあらわになった。
「で、俺がこれを脱いで……」
「脱いで……きゃっ!」
脱いだブレザーの上を、ふわりと頭から楓に被せてあげる。
するとまあ、どうしたことか。
楓の方から上はブレザーによってすっぽり隠れ、なんだか犯罪者みたいな感じになった。
「あ、あの、夏樹くん……? これは……?」
「これで帰ろう」
「うぇ……!? これで、ですか……!?」
「これだと楓の三つ編みがバレない」
で、加えて楓が自分にとって一番大切な人なんだって周りに言ってやってる気分になれる。本人には言わないけど。
「行こう。とりあえず校門出てから少し行ったところまででいいから」
「へっ……!? へぇっ……!? こ、これじゃ余計に目立つんじゃ――」
「よし、行こーう」
「な、夏樹くぅぅん!」
俺は楓の傍で密着しながら歩き出すのだった。
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