第19話 教室でそんなことしないで

「やれやれ、まったく。仲良くするのもいいが、少しは距離感を考えてくれ。ここは風紀委員が使ってる教室だからな」


「す、すいません」


 呆れる西城先輩を前にし、謝るしかない俺と楓。


 境田先輩にポスター作りを任され、風紀委員のメンバーも自分たちのクラスの出し物作りに忙しいと聞かされてたから、ここには誰も来ないものと思い込んでいた。


 そしたら、まさか西城先輩がやって来られるとは。


 ありがたかったけど、タイミングが悪すぎだ。楓に三つ編みしてあげてる最中だった。


「けど、先輩。どうしてあなたがここに? さっき会った境田先輩はみんな忙しくて誰も来ないはずみたいなこと言ってたんですが」


「ああ、寧々と会ってたのか。なるほどな。だから風紀委員でも何でもない君たちがそのポスター作りをやってる、と」


「あ。ま、まあ……」


 ジト目で言う先輩に対し、俺は苦笑して返す。


 彼女はこれまた呆れながら続けた。


「元々、私はそのポスターを作ること自体気乗りしなかったんだよ。出し物としてやるなら、もっとしっかりとした物を展示させたいと思ってたからな」


 まあ、そういう気持ちもわからないことはない。


 忙しいとはいえ、傍からみたら少々しょぼいし、あんまりちゃんと見る人もいないと思う。ああ、風紀委員はこれね、程度だ。ポスターなんて。


「とはいっても、皆忙しいのは確かだ。私の身勝手な思いだけでメンバーに大変な思いをさせるわけにもいかない。私一人で何かを作ろうとしても、それもまた違うしな」


「そこはなかなか、ですね……」


「まあいいんだ。出し物よりも前に、今は解決しないといけないことがあるからな。そっちに力を注ぎたい」


「なんかすいません。こんな時だってのに」


 会釈しながら謝るも、西城先輩は軽く笑みを浮かべ、


「いや、君たちがそんな謝らなくてもいい。悪いのは小祝さんを攻撃する連中であり、これまでそういった事実に気付けなかった私たちでもある。むしろ、感謝してるんだよ。ちゃんと起こっていることを教えてくれて」


「……そうっすか」


「ああとも。さっそくちょっとした進展もあったしな。ちょうどいいから少し話そうか」


「え。もうですか?」


「うむ。氷堂伸介の男友達だ。小笠原君と宮下君と言ったか。二人から色々と聞ける範囲で事の事情を聞いた」


 よく喋ってもらえたな。


 それほどに風紀委員長の力は強いということか。


「じゃあ、お願いします。どんな話をしたのか、すごく興味あります」


「ああ。君たちもそこら辺にある椅子へ掛けてくれ。恐らく長くなる。ポスターなんてのは後回しでいいからな」


 言われ、俺と楓は改めて椅子を二つほど取って来て並べ、西城先輩と対面するように腰掛けながら話を聞くのだった。






●〇●〇●〇●〇●






「――というのが、彼ら二人から聞けた話のすべてだ。どうだろう。なかなか興味深かったんじゃないか?」


「……はい」


 どれくらい時間が経っただろう。


 窓から見える景色は、オレンジ色から黒へ近付いていた。部活終わりの生徒たちが帰ろうとしてるからか、楽しそうな声もいくつか聞こえてくる。


 俺は西城先輩の話を聞き、顎元に手をやって思考していた。


 隣に座る楓も、うつむきながら何かを考えてる。


「正直に言って、その話を聞いた限り、意外だなってのが感想です。てっきり、連中は全員楓のことを悪く思ってるのかと考えてました」


「そうだな。何だかんだ、皆社会性があるんだ。それはクラスカーストにおいて、上位に位置している者たちならばなおさら、な。彼らは特段小祝さんのことを悪く思っていない」


「気持ちの悪い妄想も抱いてないんですね。楓の噂を鵜吞みにして、あいつなら簡単にヤらせてくれそうだ、とか」


「まあ……君のその言葉は多少ストレートだが、そうだな。むしろ、彼ら二人に関して言えば、現状に困惑しているというのが正しそうだ。元々、美人で人気のあった小祝さんが、どうして突然ふしだらな噂を流され始めたのか。自分たちは事実を知らないから何とも言えないが、と」


「でも、その噂の発生源は氷堂だと思うんです。それなのに、どうして二人が楓のことについて疑問を抱いてるのか、俺にはわからなくて。仲間、特にそのグループのリーダーが言い出したことなら、無条件に信じそうなのに」


「要するに、違和感を抱いてるらしい。氷堂伸介は、小祝楓が不特定多数の男と関係を持つ女の子だと言い、萎えて恋愛的に冷めたと口走っていたが、それがイマイチ信じられない、と。表向き、最初は信じていたが、小祝さんの行動等を見ても、そういった風な子には見えないから、と」


「なんかその言い方だと楓のこと監視してたみたいですね……」


「監視してたのかどうかはわからないが、似たようなことをしたのではないか? あの清楚可憐な女の子が、どうしてそんなことになってるのか。理想と現実を知るためならば、時に人は凄まじい行動力を発揮するからな」


「……なるほど。楓、誰かに尾けられてるとか、感じたことある?」


 問うと、楓は首を横に振った。


 やるな、小笠原たち。楓は気付いてなかったみたいだぞ。


「となると、氷堂のグループ内でも、本当のところ、楓に対する考え方はバラバラなわけですか」


「そうなるな。他のいじめに加担している連中もわからない。実際のところ、似たような考えを持ってる生徒もいそうだ。もちろん、その逆も然りだがな」


「……なるほど」


 俺が納得するように頷くと、だ。


 横から楓が「あの……」と控えめに手を挙げてきた。


 西城先輩はそれに反応。楓は続けた。


「これは……その、一度だけあったことなんですけど」


「うむ」


「夏樹くんが転校して来る前、私、三年生の怖い人たちに絡まれたことがあったんです。耳にする噂は本当なのかって」


「え」


 そんなことが……。


「もちろん、違うって言いました。言ったんですけど……簡単には信じてくれなくて……本当なら……や……ヤラセてくれ……とか言われたことがあったんです」


「襲われたということかい?」


 西城先輩に問われたが、楓はそれを否定。


 どうやらそういうことではないらしい。よかった。


「ただ、とにかく囲まれて酷いことを言われた、と」


「……はい」


「なるほど」


「それで……その時……小笠原くんが助けてくれたんです。さりげなく、係の仕事で呼ばれてるって私に言って、嘘を付いて」


「ふむ。彼がそんなことを」


「その後は、すぐに小笠原くんとは別れたんですけど、私がお礼を言ったら、彼は『別に』って一言残して去って行きました。特に笑うことなく、私の顔も見ずに」


「へぇ。それはまた興味深いことだね」


「ごめんなさい。もしかしたらこのこと、もっと早く言えばよかったかも」


「いやいや。今教えてくれたのでも遅くはない。なるほどだ。どうも悪い思いを抱いていないのは本当らしいね、彼が」


「……はい」


 楓は少しだけ嬉しそうにしながら頷く。


 びっくりだった。まさかここに来て小笠原のことをこうして知ることになるなんて。俺は少し勘違いしてたかもしれない。


「そういうことみたいだ、敷和君。よかったな。ひとまず問題解決のための光が見えて来たんじゃないか?」


「ええ。まだ小さくはありますけど。その光も」


 だな、と先輩は頷く。


「引き続き、私は氷堂伸介の周りの人間に聞き込みを行うことにする。また情報が入ったら話すから、ここへ来てくれないか?」


「はい。それは全然」


「申し訳ないが、ポスター作りも手伝って欲しいし」


「はは。はい。任せてください」


「ただ、あまりここで小祝さんとイチャつくのは禁止だぞ? 仲良くして、彼女の心の傷を癒してあげるのには賛成だがな」


「わかってます。気を付けます。


 苦笑する西城先輩を見て、俺も笑みを浮かべた。楓は恥ずかしそうにしてる。


 しかしまあ、ひとまず前進だろうか。まだ気になることはあるが。

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