第17話 約束の日までは

『三日ほど時間をくれ』


 西城先輩にそう言われた俺たちは、二人でいじめ問題解決のために動くわけでもなく、差し迫ってる学校行事、文化祭の準備に着手していた。


 ただ、それはクラスの出し物のために協力するということじゃない。


 元々、楓はクラスから迫害されてて、満足に役割も振ってもらえてなかったみたいだし、俺は最近やって来たばかりの転校生ということと、楓と親しくしてる、いわば『同類』だ。


 当然、何かこれをやってくれ、という指示があるわけも無く、自分から手伝おうか、と声を掛けても、誰一人として頷いてくれない。


 冷たい態度を取る奴や、氷堂たちの方を見て、やんわりながら断ってくる奴ばかりで、何もさせてもらえない状況だった。


 それを見越して、なのかはわからない。


 西城先輩は、問題解決を手伝ってくれる他に、俺たちへ文化祭のための仕事も与えてくれた。


『風紀委員の出し物作成を手伝ってくれ』と。


 話を聞くに、どうも風紀委員のメンバーも、それぞれがクラスの出し物作成に駆り出されたり、その他の仕事を任されたりしてて、進行が遅れてるようだった。


 何も仕事が無いのなら、俺たちにそれを手伝って欲しいとのことだ。


 ちょうど良かった。このままだと、俺は、いや、俺たちは、何も協力しないまま文化祭に参加し、味気ない行事として青春の思い出に刻ませるところだったのだ。


 助かったと言うほかない。


 本当に、西城先輩には何から何までお世話になりっぱなしだ。


 どうにかしてこの恩は返さないと。


 そんなことを考えながら、俺と楓はその日の放課後、風紀委員が拠点にしてる空き教室へお邪魔する。


 入口の扉を開けると、そこには西城先輩がいて――……というわけではなく、名前の知らない女子生徒が一人、大きな白用紙を広げながら頭を抱えていた。


「……ん? あれ? 見ない顔。どちら様ですか?」


 俺たちの姿を見るや否や、問いかけてこられる。


 それはこちらのセリフでもあるのだが……何だかんだ突然訪問したのは俺たちだ。


 素直に自己紹介することにする。


「あ、あの、俺は敷和夏樹って言って、こっちの女の子の方は小祝楓って言います。俺たち、西城先輩と面識があって……」


「え。そなの? もしかして、瑞樹先輩のお友達? ていうか、何年生なのかな? お二人さん。私、ふっつーにタメ口で話しちゃってるけど」


「タメ口は気にしないでください。俺たち、二人とも一年なんで」


「ほーほー。ならよかった。私は境田寧々さかいだねねって言ってね、二年生やってます。よろしく」


 よろしくお願いします、と楓と一緒に会釈する俺。


 境田先輩は「それで」と続けてくる。


「話遮っちゃったけど、瑞樹先輩とはどういう関係かな? 友達? それとも友達でも何でもないただの伝言役? はたまた違って、没収されたものを取りに来たりっていうだけ?」


「種類豊富ですね。なんか……」


「あっはは。でしょ? うち、訪問客多いからさ。特にその中でも一番多いのが、瑞樹先輩に没収されたものを取りに来るって人。もうほとんど慣れたもんですよ。そういう生徒を相手にするのも」


「な、なるほど」


 笑いながら言う境田先輩だけど、そういうことに慣れるってのもなかなかだな、と思う。普通に恨みとか買ってそうなんだが……。


「で、またまた話が横道に逸れちゃったね。君たちは瑞樹先輩とはどういう関係なの?」


「あ。えと、俺たちは知り合い……というか、友達って訳でもなく……」


「うんうん」


「救われた人間……ですかね? 西城先輩に。仕事を与えてもらって」


「え。何その切羽詰まった感。高校生にしてそれどんなセリフだよ」


「へ……?」


「まるで定職に就けない中やっと内定もらった就職浪人生みたいな発言だよ、敷和くん。大丈夫? めちゃ訳アリっぽい雰囲気出まくってるけど」


「だ、大丈夫ですよ! 立場的にはその……就職浪人生と遜色ない感じでしたけど」


「えー? ねぇ、小祝さん、だっけ? あなたもそう思わない? 今の敷和くんのセリフなかなか切羽詰まってたよね?」


 唐突に話を振られ、あたふたする楓。


 それから俺をジッと見て、こくんと頷いた。頷くんですかい。


「ダメだよ? こういう男と人生を共にしちゃ。もっと金持っててしっかりした仕事してる男と暮らさないと」


「へ……? そ、それは……」


「世の中愛が大事って綺麗事だけじゃ生きていけないんだ。金も持ってなくちゃねぇ~。うんうん」


 うんうんじゃないよ……。


 いきなり失礼なこと言って何一人で納得しちゃってんだこの人は。


 ため息をつきたくなるところだが、それをこらえ、代わりに咳払い。


 話を先に進めよう。このままじゃ横道に逸れてばかりだ。


「え、えっと、とりあえずですね、境田先輩。俺たち、風紀委員の出す文化祭での出し物作成の手伝いをしに来たんです」


「え!? 何!? 嘘、ちょっと待って今なんて言った!?」


 突然目を丸くさせ、態度を変えながら俺に縋りついてくる境田先輩。何だこの変わりようは。


「だ、だからその、風紀委員の出し物作りの手伝いに――」


「うわぁ! めちゃラスカル! じゃなくて、助かる! それほんと!? 本気!? 嘘って言うの無しね!? 信じちゃっていいの!?」


「そりゃいいですけど……」


「おわぁー! 瑞樹先輩マジナイス! さすが! ヤバかったんだよ~、うちの出し物~! もう、文化祭当日までに間に合わないだろこれ、って感じで~!」


「そんなにですか……」


「そんなになの! ほら、これ見て!」


 言われ、指差された方を見る。


 白の大判用紙。


「これにさ、それっぽいポスター作って出し物として展示しようとしてたんだけどね、見ての通りまだゴリゴリの白紙なのよ! ヤバいっしょ!?」


「それは……確かにヤバいですね」


 文化祭当日までもうほとんど日が無い。めちゃヤバい。


「他のメンバー皆色んな仕事があって風紀委員の方に今顔出せなくてさ。何とか私は時間作って来てみたけど、やっぱり絵心ないし、そもそも何描こうかってところで壁にぶち当たって筆が動かないしで悩みまくってたの。助かったよ、ほんと」


「助かったって、でもちょっと待ってください。言っときますけど俺、さすがにゼロから何か描けって言われたってそんなの――」


「よーし! なら、二人が来てくれれば安心だね! 私もクラスの出し物作りに戻るよ! 適当にやってて! あの筆も全部使ってくれちゃっていいから!」


「は、はい!?」


 言いながら、強引に俺へ筆を渡してくる境田先輩。マジかこの人。


「んじゃ、テキトーにやっちゃってて! 君たちの描いたどんなものでも私らは誰も文句言わないから! あ、でも、一応風紀委員っぽい絵にはしてね! 『タバコポイ捨てサイコーマジ卍』とかみたいなものだけはやめて! お願いね!」


「えっ、ちょっ!? ほ、本気で言ってんですか!? せんぱ――」


「本気本気! では、私はこれにて! あ、お礼はまた今度するからね! ばっはは~い二人とも~!」


「ちょぃぃぃ!」


 バタン。


 扉が閉められ、境田先輩は出て行かれた。


 取り残される俺と楓。


 どういう状況なんだこれは……。


 互いに顔をチラッと見つめ合って、楓の方がクスッと笑った。


「結局……私たちでやらないといけないことになりましたね」


「な、なんか楽しそうだね、楓は……」


 言うと、少し赤面しながら、楓はニコニコする。


「だって、なんだかこういうの久しぶりで」


「久しぶり?」


「小学生の時、こういうことあったなって。近所のシュウちゃんが私たちに絵画の宿題丸投げしてきた時です」


「……あー……」


 あのクソガキか……。


 俺たちより年下のくせに調子乗って夏休みの宿題丸投げしてきたんだよな……。


 一応全部やってやったが。


「だったら、それと似たようなもんか」


「です。やり始めましょ? 幸い何でも描いていいって言ってましたし」


「っ……ま、まあ、楓がそう言うなら。……不服ではあるけどさ」


 言って俺は楓と一緒に筆を走らせ始めた。


 まあいい。


 今日のこの件はしっかりと西城先輩に報告しよう。


 俺たちだけでやり始める羽目になりました、と。

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