第14話 風紀委員長は慌ただしい

 その日、俺は放課後になったタイミングで、西棟の空き教室まで足を運んだ。


 佐ケ野曰く、この学校の風紀委員は、そこで主に活動してるらしい。


 なぜ風紀委員? とは思った。彼らって、基本的には服装を取り締まったり、持ち物チェックとかのみに終始してる人たちだと考えてたから。


 ただ、この学校の風紀委員に関してはそれだけでなく、学内のいじめに対しても、定期的にアンケートを取ったりして、形上向き合ってはいるようだった。


 もちろん、それが解決にまで至っているかと聞かれれば、楓や佐ケ野の例もあるし、否と答えるほかない。


 アンケートを取ると一言に言っても、複雑な集団の人間関係にメスを入れ、膿を出し切らせるなんてことは至難の業だ。わかってる。


 だからこそ、複数人ではなく、風紀委員の中で、楓のことを理解してくれる人間が一人でもいいから欲しかった。


 俺だけでは、大勢の楓に対する間違った認識を改めさせることができない。


 それは重々理解していたから。


「――ってわけで、楓。俺もついてるし、風紀委員の人から自分のこと聞かれたら、包み隠さず全部話してくれ。いい?」


「……うん。わかった。全部話します」


「一応、考えたくない展開としては、風紀委員の中に、楓をよく攻撃してる二年がいることなんだけどな。そこんとこはもう祈るしかないな」


「……です。でも、確か私のクラスに風紀委員をしてる人はいなかったはずなので……大丈夫だとは思うんですけど……」


「あ。そうなんだ。ならいいかな。でもさ、他クラスでも敵はいるわけだろ? やっぱ油断はできないわ。変な空気察したら、すぐに出て行く」


「はい。私は……夏樹くんについて行きます」


 頷き、俺は楓の手を引いて、階段を上る。


 この階段を上がれば、風紀委員の使ってる教室があるはずだ。


「けれど……本当にありがとう、です」


「ん? 突然どうした?」


 階段を上っていた足を止める。


 しっかりと楓の方へ視線をやると、少しばかり恥ずかしそうにうつむきながら続けた。


「いえ。その、夏樹くんがいなかったら私、ここまで自分のことに対して動けてなかったので……」


「……うん。そりゃそうもなるよ。一人で大勢に立ち向かうなんて、そんなの無理に決まってる」


 言って、俺は一瞬躊躇するものの、楓の頭にそっと手を触れさせた。


「昔はさ、いても三人とかだったじゃん? 喧嘩とか、そういうのって大概」


「……うん」


「しかも、あの時は二人で一緒に戦えてた。それが楓一人になって、もっと数が増えたんだ。だから、何もできなくて当然だよ」


「夏樹くん……」


「そんな中、よく一人で耐えてたと思う。苦しかったし、辛かったよな」


「っ……」


「でも、もう安心だ。また二人になれたからさ」


 微笑みかけると、楓は少し目を潤ませて、頷いてくれた。


 行こう。


 そう言って、俺はまた彼女の手を取る。


 階段を上がり切って、空き教室まで行くのだった。






●〇●〇●〇●〇●






 失礼します。


 言って、扉をノックしながら開けると、中には一人の女子生徒がいた。


 栗色のショートヘアが特徴的で、いかにも陸上部とかにいそうな風貌。


 書類仕事をしてたらしいのだが、俺たちの存在に気付くと、すぐに顔を上げ、声を掛けてくれる。


「む? メンバー以外の訪問者? 珍しいな。君たち、生徒会から派遣されて来た生徒とか?」


 問われ、すぐに手を横に振る。


「いえ。そういうわけじゃないんですけど、少し用、というか、相談がありまして」


「相談!? な、何だと!? それは本当か!?」


「え……!? あ、は、はい」


 何だこの過剰とも取れるような、嬉しそうなリアクションは。


 軽く驚いてると、彼女は速攻で手際よく椅子を並べ、手招きしてきた。


「ふふふっ……! 遂に……遂に我が風紀委員にもたぎるような展開が……! こういうのだよ……! こういうのがしたかったんだぁ……!」


「……?」


「あっ! いやいや、何でもないぞ!? ささ、どうぞこちらへ来てくれ! どういった相談かはわからないが、この私に話してみるといい!」


「は、はぁ……」


 戸惑いつつ、楓と一緒に、並べられた椅子に腰掛ける。


 にしても、えらくテンションの高い人だ。三年生か? 少なくとも、二年の中じゃ見たことない気がする。まだ俺、転校してきて間もないから、全員を把握しきれてない可能性はあるけど。


「では、聞いていこう。相談とは、いったいどんなことかな?」


 問われ、軽く咳払いしてから切り出した。


「とりあえず、簡単に自己紹介からさせてください。俺、一年の敷和夏樹っていいます」


 それでこっちは、と楓に視線をやる。


 彼女も自己紹介をしてくれた。小祝楓です、と。


「ふむふむ。敷和くんに、小祝さんだな。先に自己紹介させてしまい、申し訳ない。ただ、もう私の名前はご存じではないか? いつも校門前で朝から持ち物チェックをしているし」


「すいません。俺、最近この学校に転校してきて。かえ……じゃなく、小祝さんは知ってるかもなんですけど」


 言うものの、楓は「ごめんなさい」と口にする。


 どうもこの人の名前を知らないらしい。見たこと自体はあるようだが。


「そうか。なら、自己紹介をしなければならなかったな。私の名前は、西城さいじょうだ。西城瑞樹さいじょうみずきという。三年生で、風紀委員の委員長をさせてもらってる」


「い、委員長……!? そ、そうだったんですか」


 自信たっぷりに、胸を張って頷く西城委員長。


 ……が、張られた胸は可哀想なほどに断崖絶壁。


 こんな時にどこ見てんだって感じだけど、仕方ない。こればかりは男の性。つい目が行っちゃうんですよ。


「だからな、どんな相談も受け付けよう。願いだってある程度は叶えてあげるぞ。何でも言うがいい」


 ちょっと調子に乗り過ぎでは? それに願いもかなえてあげるって。あなたは神龍しぇんろんか何かですか。


 ツッコみそうになるも、グッとこらえて苦笑い。


 まあ、とりあえず何でも話していいとのことなので、さっそくぶつけよう。


 まさかの委員長様が相手をしてくれるんだ。


「じゃあその、さっそく相談なんですけど」


「うむ。ドンとくるがいい」


「はい。えっと、いじめのことについて、なんですけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る