第12話 いじめの理由
「大丈夫だよ、楓。ここは密室だし、うちの学校の生徒に会うこともないから」
隣に座ってる幼馴染の頭を優しく撫でてあげる。
艶やかな髪の毛は手触りが良く、ずっと手で触れていたいくらいだ。
けれど、その楓は、カラオケハウスの個室に来てもなお、体を震わせていた。
よっぽど氷堂たちと接触した時のことが怖かったらしい。
何か曲を歌うことなんてする気分にはなれなかった。誰にも聞かれないよう、ここを選んだ形だ。目の前には、俺たちと向かい合うように、佐ケ野が深刻そうな顔をして座ってる。
俺は奴の方を見やった。
「佐ケ野。とりあえず、教えてくれないか? 楓がどうしてこんなになるまで連中から敵視されてるか」
「あぁ……。もちろんだ、親友。そのためにここへ来たんだからな」
ふぅ、と嘆息し、切り出してくれ始めた。
「最初に言っておくが、俺はあくまでも小祝さん本人ではないからな? 本人じゃなければ、もしかすると嘘の情報を夏樹へ教えるかもしれない。その辺りは注意してくれ」
言って、佐ケ野は楓にも呼び掛けた。何か間違ってることがあったら、横やりを入れて欲しい、と。
本当なら楓本人が説明してくれる方が早いけど、こんな状態だ。
死のうともしてたくらいだし、嫌な記憶を一つ一つ思い出させ、喋らせるのは拷問にも近い。
それなら、すぐ目の前で自分のことを語られるのもどうなんだ、とは思ったけど、そこは楓が大丈夫だと意思表明してくれた。なんとかいけるらしい。
「ざっくり結論から話すと、だな。要は腹いせから始まったんだよ。氷堂の」
「腹……いせ?」
しかも、氷堂の?
「君も転校してきて二日経ったわけだけど、わかるよな? 氷堂の人気者っぷり。うちの学校の一年じゃずば抜けて見た目もいいし、アイドル級だ。他学年の女子先輩も彼に言い寄ってるくらいだしな。ノリもいいし、男子からの人望も厚い」
「まあ、それはおおよそ察せてる。俺の前の学校にもいたよ。そういう人」
「だろ? ただ、彼のように容姿とカリスマ性の二つを持ってる人は珍しいんじゃないか?」
「そうかな? ああいうキャラって、顔が良いこと多いと思うけど」
前の学校の一軍リーダーも割とカッコよかった。確かに、氷堂ほどかと聞かれれば、ギリギリ頷けないのかもしれないが。
「どうなんだろうな。統計とかないし、詳しいことはわからないが、とにかくそういうことなんだ。氷堂伸介はうちの学校じゃ絶対的な地位を確立してる。何かあっても、揺るがないくらいのな」
「うん」
「そんな彼が、夏頃だったかな? 告白したんだよ。小祝さんに」
「えっ!? こ、こくっ!?」
驚いて、つい傍で俺に身を預けてくれてる楓の顔を見る。
すると、彼女は控えめに頷いた。間違いではない、と。相変わらず優れない表情で。
「話はすぐに広まったよ。入学以来ずっと『氷堂と付き合う女子は誰だ』なんて囁かれてたしな。でも、結果はダメだった」
「あ……」
「彼の告白、小祝さんは断ったんだ。確か、理由は……」
言いながら、チラッと楓の方を見やる佐ケ野。
楓は小さい声でそこに補足説明してくれる。
「ほ……他に……好きな男の子が……いたから」
「え……!?」
それに対して、俺はまた驚き、楓の方を見る。
す、好きな男の子って――
「……もちろん、夏樹くんです。私、ずっと夏樹くんとまた会いたいって思ってましたから……。いつか必ずもう一度会って、想いを伝えようって……」
「っ……」
唐突な大胆告白に顔が熱くなる。
目の前にいる佐ケ野は、ちょっとショックを受けたのか、「あがっ!?」と声を出し、口を開けてた。
いや、にしても楓さん。そのセリフを口にする場所、少しだけ考えて欲しいかな……?
「き、君たち……りょ、両想い……なんだね?」
「りょっ、両想っ!? あ、いや、えと、あの、お、俺は……」
「夏樹くんは私のこと……好きじゃないですか?」
下がり眉で問われ、首を横に振るしかなかった。佐ケ野の前だし、誤魔化そうかと思ったけど、そんなのもできない。俺は口にした。「いえ、好きです」と。
「な、なるほど……。ま、まあ、そうだよな。そこまで密着してるわけだし、あの小祝さんが男子に心許してるところ見るの、俺初めてだし」
「でも、それはいじめとかと関係があるんじゃないか? 昔の楓は、少なくとも男女問わずフレンドリーに話す子だったけど」
「あぁ……。それもそうか。ああいうこともあったしな」
「ああいうこと?」
「ああ。話を戻すよ。氷堂が小祝さんに告白し、振られたところから」
「頼む」
佐ケ野はプラスチックコップに入れていたコーラを一口飲み、続けてくれる。
「氷堂はな、そもそも振られると思ってなかったんだ。自分の容姿に自信を持っていたし、自分の立場にも自信を持ってた。カーストのトップに君臨する俺は、まず間違いなく魅力的だろう、とね」
「それはそうだろうな。勘違いでも、俺だってそう思いそうだ」
「うむ。けどな、彼の悪かったところはそこからなんだ」
「うん」
「まさか振られてしまった。仕方ない、諦めよう。……とはならず、まさか振られてしまった。腹が立つ。調子に乗ってるな、あいつ。徹底的に痛めつけてやろう。こういう思考になってしまった」
「……なるほど」
「鼻を折られた天狗ってのは怖いものだ。細かくどんな手口を使ったのかは知らないが、盗撮や盗聴、画像加工や映像加工、それから人脈を利用し、小祝さんを完全な悪者に仕立て上げたんだよ。自分が振られたのではなく、こんなに最低な女だったから、振ってやったのだ、と周囲に知らしめるために」
「は……!? 捏造、冤罪を着せられたってことか……!?」
佐ケ野は頷く。
「ただ、ほとんどの奴らはその事実に気付いていないし、仮に気付いていたとしても、言えない。氷堂伸介を敵に回せば、ここまでされると、この件で充分に理解させられたからな。恐ろしい話だよ」
「な、何だよそれ……!?」
「こんな言い方もないかもしれないが、もう充分小祝さんを痛めつけてるはずなのにな。まだ彼は許してないらしい。いったいどこまでやるつもりなのか、と考え出すと、他人事ながら頭が痛くなる」
「っ……!」
「それに比べれば、俺のことなんて、可愛いもんさ。キモがられるだけで済んでるしな。……ははは。見た目とか、そこそこ気遣ってるはずなのに」
自虐的に笑い、やがて肩を落とす佐ケ野。
なるほど、だ。
話の大筋は見えた。
楓がどうしてこんな風になってるのか、も。
「悪かった。教えてくれてありがとう、佐ケ野。助かったよ」
俺が言うと、彼は手を横に振り、
「いやいや。いいよ。他でもない親友の頼みだ。聞かないわけにはいかないし……そこにはある種、願いも込めてたから」
「願い?」
佐ケ野は頷き、続ける。
「同じ、いや、それ以上にいじめられてる小祝さんを誰かが助けてあげてくれないか、心の底でひそかに願ってたんだ」
「佐ケ野……」
「俺は立場も立場だし、彼女と特別仲が良いわけじゃない。到底力にはなってあげられないからさ。君の登場は本当に嬉しいよ、夏樹」
「そんな。俺は別に……」
「何なら、俺の初めての友達にもなってくれたしな。へへ」
言って、佐ケ野は恥ずかし気に頬を掻く。こっちも少し恥ずかしくなった。
「……うん。こっちこそよろしく頼むよ」
「ああ。よろしく。仲良くしよう」
俺たちは立ち上がって握手し、やがてまた座る。
楓も、「それなら」と切り出す。
「私も……佐ケ野くんとお友達になりたい……。いい……かな?」
「あっ……! え、えぇ、と、友達!? お、俺とですか!? こ、ここ、小祝さんが!?」
「だ……ダメかな?」
「い、いえいえいえ! 全然! ダメなんてことないです! むしろ、こっちがいいんですか!? 女子からはなぜかキモがられてるのに!」
慌てふためきながら言う佐ケ野を見て、楓は今日初めて笑みをこぼし、
「キモくなんてないよ。私は、佐ケ野くん、カッコいいし、何よりも優しいと思ったから」
「っっっ!?」
感激したのか、楓の言葉を受け、背を向けて鼻水をズビズビさせ出す佐ケ野。
ありがとうございます、と連呼していた。まるで、女神に生きる糧を与えられた人間みたいだ。よっぽど嬉しかったんだろう。
「ま、そういうこと。とりあえずさ、聞きたいことも聞けたし、何か一回歌ってみないか? 時間もまだあるよな?」
「あるが……いいのか、夏樹? 小祝さん含め、君もそういう気分じゃないんだったら、別に無理にテンション上げなくてもいいんだぞ?」
「いいよ。ね、楓? 大丈夫だよね?」
頷く俺の幼馴染。
何をしようか、細かいことは決まってないが、楓が何をされたかはわかった。
今はそれでいい。
大事なのは、暗いことに苛まれ過ぎるんじゃなくて、今を楽しむことだから。
「じゃあ、一曲目、楓が歌う『夏祭り』いきまーす」
「わ、私のなの!?」「小祝さんからなのか!?」
二人は同時に俺へツッコんでくるのだった。
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