第10話 佐ケ野の本当のこと

 強引に楓と佐ケ野を教室から連れ出し、俺たちは体育館裏まで来た。


 体育館裏と言えば、日が当たらず、薄暗くてジメジメしてて、生徒たちのいざこざが起こりがちな血生臭い場所って印象が強かったのだが、それはどうも違った。


 この学校の体育館の裏側はいい感じに日光に晒され、風通しもいい場所だった。


 目の前には住宅群があり、校内スペースとそこを分けるかのように、フェンスが立てられてる。


 時折、野良猫も通り過ぎたりと、のどかな場所だ。密かにここで昼休みを過ごしてる奴多そう。


 あまり人とかは来て欲しくないんだが、その辺りは大丈夫奈だろうか。


「じゃ、ここらでいい?」


 引っ張って連れて来た佐ケ野に問うと、奴は頬を引きつらせ、ぎこちなく頷く。


 楓は、まだあまり佐ケ野と交流したことがないからか、どこか挙動不審になっており、不安そうに俺の顔を見てくる。距離も近かった。まるで、佐ケ野に怯えてるような、そんな感じだ。


「なら、さっそく弁当食べよう。佐ケ野、色々話してくれることがあるらしいし」


 言って、俺は楓と一緒にその場で腰を下ろした。


 遅れて、佐ケ野も無言で腰を下ろした。


 こいつが何を言おうとしてるのかはわかってる。


 佐ケ野が何かを言う前に、俺は自分から切り出した。


「佐ケ野。今日はさ、元々俺、楓と一緒に昼休み弁当食べるつもりだったんだ。だからこうなった。別にいいよな? 何か楓について話がある、とは言ってたけど」


「え。あ、いや、夏樹、お前その――」


「夏樹くん……? 私に話がある、というのは……?」


 俺に密着してる楓が、小さい声でもにょもにょ聞いてくる。なんか小動物みたい。


「朝、俺が楓のローファー見てたらな、佐ケ野が『そんなに小祝さんのローファーが気になるなら、彼女のことを昼休みに教えてやる』って言ってきたんだ。なんか佐ケ野、楓のことについて俺に教えてくれるらしい」


「え……」


 顔を青ざめさせ、一瞬だけ佐ケ野のを見て、再び俺へ視線を戻す楓。


 そして、隠れるように俺の右腕に抱き着いてきた。何だ何だ?


「あの、楓?」


「ごめんなさい、夏樹くん……。わがまま言います……私……やっぱりあの人と一緒にお昼ご飯食べたくないです……」


「え」


 頓狂な声を漏らす俺だが、すぐそこにいる佐ケ野も「え……!?」と声を出し、ショックを受ける。


「今……一緒にいられる男性は……夏樹くんだけなんです……。それ以外の人は……」


 ブルブルと震え、顔を俺の右腕に埋める楓だった。


 なぜ俺以外の男子とは一緒にいることができないか。


 そう聞こうと思ったが、ふと、朝あの女子に言われた言葉が脳裏によみがえる。




 ――『小祝さん。噂じゃ何人もの男子とヤってるらしいから』




 これ関連なのは間違いなさそうだ。


 つい歯ぎしりしてしまう。


 楓の心は言うまでもなくかなり傷付いてる。


 何の気なしに佐ケ野と一緒に連れて来たが、失敗だったのかもしれない。後悔した。


「楓。ごめん。俺――」


「ご、ごご、ごめん! 小祝さん!」


 軽く驚く。


 考えも無しに三人で弁当を食べようとしたことを楓に謝ろうとしたところ、佐ケ野が必死に頭を下げ、俺よりも先に謝罪。声も割と大きかった。


「今、夏樹が言った通りだよ! 彼を誘ったのは他でもない俺なんだ!」


「そんな――」


「二人の仲が良いなんて知らなかったし、約束をしてたことも知らなかった! 申し訳ない!」


 土下座だ。


 佐ケ野は土下座し、心配になるほど必死。


「キモいかもしれないけど、許して欲しい。君のことは、噂でちょくちょく聞くから知ってる。色々と大変な思いをしてて、攻撃を受けてることも……」


「……」


「……でも、それは俺も似たようなものなんだ」


 ……? 似たようなもの?


「俺、今、二年のほとんどの人たちから無視されてる。ノリがキモいからとか、話し方がキモいとか、雰囲気が生理的に受け付けないとか、そういう理由でさ……」


「そうだったのか?」


 俺が口を挟むと、佐ケ野は下げていた顔を上げ、自虐的な笑みを浮かべながら頷いた。


「ああとも。発端はよくわからない。ある日突然だ。仲のいい友人グループからシカトされ始めて、追い出されて、その流れで誰も俺に口を利いてくれなくなった。女子なんてひどいぜ? 通りすがりに『キモ』って小声で言ってくるんだ。これが結構心に来てさ。……へへ」


「笑い事じゃないだろ。何だそれ。初めて聞いたぞ」


「そりゃそうだ。自分で言うつもりなんてなかったからよ。言わなくても、いずれ夏樹、お前も気付くだろうと思ってたから」


「……っ」


「気付くまで、せめて話し相手が欲しかった。ちょっとだけでもいい。そんな理由で、転校生の何も知らない君へ声を掛けた」


「佐ケ野……」


「ごめん、小祝さん。かなり自分勝手なことをした。夏樹にも迷惑かけたよ。もっと身の程をわきまえるべきだった。俺、消えるからさ」


 そう言って作り笑いし、立ち上がる佐ケ野。


 ちょっと待て。


 そんな理由を知って、素直に帰すか。


 去ろうとする佐ケ野へ声を掛けようとした矢先のことだ。


 俺よりも先に、楓が声を上げた。「待って」と。さっきから誰かに先手を取られてばかりだ。


 佐ケ野は振り返ってくる。


「さ……佐ケ野くん……」


「あ……う、うん。……何、かな?」


「そ、その……謝らないといけないのは……私の方。ごめんなさい……勝手なことを言って……」


「あっ……」


 楓に言われ、「いやいや」と必死に手を横に振る佐ケ野。申し訳なさそうに自分が悪いだけだと続けてた。そんなことはない。


「あなたも辛い思いしてたの……知らなかった。私……そういう噂とか……全然気付けてなかったみたい……」


「お、俺の場合は違うんだ! 噂とかそういうのが流れるまでもなく、ただシンプルに皆から嫌われてるだけだから。嫌われてるのが当たり前の存在に対して、今さら陰口とか叩き合う必要ってないだろ? そういうことなんだよ」


「……お前、自分でそこまで詳細に解説しなくてもいいと思うぞ……?」


「で、でも、本当のことだからさ。俺は……そういう噂なんて無いし」


「……」


「……あと、小祝さんが俺のことに気付けなかったってのは、自分のことで精一杯だったからってのもありそうだ。根も葉もないことばかり言われて、本当に傍から見ても追い詰められてたから……」


「傍から見てもって、そんなになのか?」


「ああ。こんな風に言うのも軽いけど、可哀想だなってずっと思ってた。……ずっと」


 軽いとは言ったものの、それは佐ケ野の本心だと、言い方ひとつで理解できた。


 楓は、抱き締めていた俺の右腕に少しだけ力を加え、うつむいていた。


 本当に、これはちゃんと聞かないといけない。


 楓がそこまで追い詰められた原因。


 追い詰めた奴。その黒幕など、詳細に。


「……でも、こんなタイミングで聞くのもどうかとは思うが、一ついいかい?」


 佐ケ野が人差し指を突き出し、遠慮がちに聞いてくる。


 俺は頷いた。「いいよ」と。


「夏樹と小祝さんは……その、いったいどういう関係なのか……聞いても? さっきから下の名前で呼び合ってるし、すごく仲が良さげに見えるのだが……」


「あぁ、そこか。幼馴染だよ」


「え? 幼馴染?」


「そ。俺と楓、昔から仲良くてさ。小さい頃は俺もこの町に住んでて、よく遊んでたんだ。それがある時、俺が転校するってなってな。離れ離れになったんだけど、またこうして会えたって流れ」


「な、なんと……! そんな漫画やアニメみたいなことが……!」


「まあ、何だかんだロマンチックっぽさはあるよな。俺も再会できるとは思ってなかったんだ、こうしてさ」


「納得だ……」


 言って、楓にも、「良かったですね」と声を掛ける佐ケ野。


 楓は控えめに、少し恥ずかしそうにして頷き、はにかんでいた。


 俺の右腕は抱き着かれたままだ。なんかこう見ると、コアラみたいだ。姿かたちはまるで違う美形だけど。楓は。


「ならば、今さら俺が教えるも何も無かったんだな、夏樹。小祝さんのことなど」


「いや、そんなことはないよ。教えて欲しいことはある」


「え?」


「俺がいない間、この学校で起こってたこと。何で楓がここまで追い詰められてるのか。そんで、誰が首謀者なのかってことだよ」


「あ、あぁ、そうか」


「そこんとこ、教えてくれ。知ってることでいいから」


「……そうだな」


 深々と頷き、佐ケ野はまた座ろうとする。


 が、突如向こうの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「む……! あ、あれは……!」


「……?」


 顔色を変える佐ケ野。


 楓もハッとして、顔を一気に青ざめさせる。


 その声の主は――


「……ん? あ。っはは! ちょ、待って! 噂してたら遭遇なんですけど!」


 氷堂。


 間違いなく、うちのクラスの人気者の姿だった。

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