第8話 そんなことはしない

 昼休みは、佐ケ野と一緒に昼食を摂ることになった。


 だから、それまでの時間、俺はとにかく楓と行動を共にすることにした。


 クラスの中のカーストや、クラスメイト達の立ち位置なんて、まだ何もわからない。


 わからないからこそ行動はしやすいし、仮にわかっていても、いじめられて死のうとまでしてた幼馴染の傍にいてやらないなんて選択肢、俺にはなかった。


 周りの奴らにどう思われても構わない。


 やるべきことは一つ。


 楓を守ってあげることだけだ。


「おはよ、楓。昨日はよく眠れた?」


 なので、教室に入るや否や、ロッカーにカバンを入れ、自分の席で肩身狭そうに読書してる楓の元へ行き、さっそく挨拶。


 楓は、驚いて本から顔を上げ、目をぱちくりさせた後、ハッとして辺りを見回した。


「な、夏樹くん……そ、その……」


「……? 何? どうかした? もしかして、あまり寝れなかったとか?」


「あ、う、ううん。寝れたの寝れたんですけど……」


「そっか。ならよかった。一瞬不安になったよ。寝れなかったって言うんなら、それってまさか俺のせいでは? ってさ」


「そ、それはないです。夏樹くんと一緒に放課後を過ごせたから……ちゃんと眠れたと言いますか」


 小声で、少し恥ずかしそうに言う楓。


 けど、すぐに心配そうな顔でまた辺りを気にし始める。


 よっぽど周りの奴らの目が怖いみたいだ。


「で、でも、夏樹くん……。今は……今はダメです。今、ここで私には話しかけない方が……」


「何で? 何か理由がある?」


「……え、えと……私に話しかけてるところ見られたら……夏樹くんが……」


 そうやって、消え入りそうな声で楓が喋ってくれてる最中だ。


 俺たちの会話を邪魔するかのように、一人の女子が割って入って来た。


「ねえ、ちょっと? 敷和くん、だっけ?」


「ん? あぁ、うん。俺?」


「少し話があるんだけど。廊下出ない?」


「廊下……?」


 何を話すつもりなのかはわからないが、廊下に出る必要が果たしてあるのか、と疑問に思ってしまう。


 少し離れたところからこちらを見てる女子三人は、クスクス笑い合いながら、「真理子やるねー」なんて言ってきてる。


 明らかに嫌な感じだった。さっそく楓に話しかけた効果が出てきた感じか。


「ここじゃダメなのか?」


「ダメ。いいから早く廊下に行くよ」


「拒否権無し?」


「無し。ほら、早く」


 手を握って引っ張って来るわけではなく、あくまでも袖を掴まれる形で、俺は廊下の方まで引きずり出される。


 で、空き教室の傍。あまり人のいないところになってようやく彼女は立ち止まり、俺へ詰め寄って来た。


「敷和くん。あなた、まだ何もわかってないんだね」


「……は?」


 えらくいきなりだ。


 いきなり、圧のようなものを掛け始める。


「まあ、それはそっか。昨日転校してきたばかりだし、このクラス内で起こってることの全部を氷堂くんたちもあなたに喋らないよね」


「……何のことを言ってる?」


 楓のいじめのことか。


 なんとなくわかったものの、あえて知らないフリをしてみせた。


 名前のわからない女子は、人差し指で俺を差し、


「いい? 私は今から何も知らないあなたに助け舟を出してあげる。感謝して。別に恩を

返せって言ってるわけではないから」


「……は……?」


「あなたがさっき話しかけてた女、小祝さん。あの人、色んな男に手を出しまくって、先生ともそういう関係になってるヤリ●ンなの」


「や、やり……?」


 色々いきなりな人だが、これもまたいきなりだった。


 真面目な顔でヤリ●ン発言。


 嘘だろおい。


 ていうか、待て。楓がヤリ●ンってどういうことだよ。


「私も本当に詳しいところまでは知らないけど、色々と噂があるっぽくてね。それで、皆から嫌われてる」


「っ……!」


「特に氷堂くんたちは小祝さんのこと、かなり毛嫌いしてるから、今のクラスで平和に暮らしたいなら、彼女とは関わらない方がいいよ。あなたも、転校してきて学校生活が苦しくなるの、嫌だろうし」


「……んだよ」


「え?」


「何だよそれ。楓が他の男とそういうことしてるから嫌われてる? 平和に暮らしたいなら話しかけるな? 意味わからない」


「は、はぁ……?」


 苛立ちが募った。


 それが表情にも現れてたんだと思う。


 名前の知らない目の前の女子は、少しばかりたじろぎ、それでも、とまた俺に言葉を投げてくる。


「意味ならわかるでしょ!? 今、私が言った通りのこと! 小祝さんには話しかけない方がいいって言ったの! それだけ!」


「そんなの余計なお世話だ。楓がそんなことするはずないし、そもそも俺はあいつのこと、昔からずっと知ってる。だからわかるんだよ。その噂が信じられるモノじゃないって」


「は、はぁ!? あんた、ほんとに何言って……!? ていうか、幼馴染って――」


「話はそれだけか? だったら忠告ありがとう。俺はもう教室に戻る」


「なっ!? ちょ、ま、待ちなさいよ! 何、だったらあんたどうする気!? これからも小祝さんに話しかけ続けるっていうの!?」


 歩きながら、俺は頷いて返す。「その予定だ」と。


「バカじゃない!? それ、あんたの身にも色々降りかかってくるんだよ!? そんなの絶対――」


「だから、余計なお世話だって言ってるだろ!」


 言って、立ち止まる。


 背後にいた彼女の方へ振り返り、俺は続けた。


「あんたらは知らないだろうけど、そういう噂のせいで楓はめちゃくちゃ今追い詰められてるんだ。死のうともしてたくらいに」


「は……!?」


「詳細にあいつが誰にどんなことをされてきたのか、俺は転校して来たばかりだからわからない。でも、また楓と会えたからには、あいつのこと、守ってあげたいんだ」


「っ……」


「たとえ、自分に色々降りかかってこようともな」


 ちょうど、朝のホームルーム開始五分前を知らせる鐘が鳴る。


 俺はまた歩き出し、一人で教室へ戻った。

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