第7話 楓のローファー

 ――いじめ。


 久しぶりに再会した幼馴染は、それが理由で死のうとしていた。


 いったいどこで?


 誰にいじめられてるのか?


 俺の質問に、楓は答えてくれる。


 学校で。クラスメイトの人たちを中心に。と。


 心当たりが無かったわけじゃない。


 俺が転校してきて、挨拶をした後。


 あの時、楓は濡れていた。


 見間違いかと思って、氷堂たちにもそのことを聞いてみたけど、彼はそれをはぐらかした。


 でも、楓は確かに濡れてたんだ。


 見間違いでも何でもない。


 誰かに掛けられたんだろう。


 酷い話だ。


 酷い話だけど……まさか……。


 まさか、あの楓がそんな悩みを抱えてたなんて。


 ショックだった。


 ショックで、その日の夜、俺はしっかりと眠ることができなかった。






●〇●〇●〇●〇●






 朝。


 転校して、二日目。


 寝不足の体をどうにか起こし、朝食を摂ってから学校に行く準備を進める。


 明るくなんて振る舞えない。


 父さんと母さんには、どうしたのか、と聞かれたけど、本当のことを言えるはずもなかった。


 再会した幼馴染の楓がいじめられてて、死のうとしてたなんて。


 適当なことを言い、なんとか切り抜ける。


 それで、俺は家から逃げるように学校へ向かった。


 ダメだ。どうしても心配をかけてしまう。


 学校へ着くと、まず、自分の下駄箱よりも、楓の下駄箱をチェックした。


 あいつはもう来てる。


 ローファーが直してあって、そこに画びょう等々が入れられてないか、確認してみるが、特に何もされてはいなかった。


 確認してる最中、傍を通りかかった女子に変態でも見るような目で見られたが、勘違いしないで欲しい。


 決して俺は女子のローファーフェチとか、そういうのじゃない。やめて欲しい。ただでさえ転校して二日目で、どんな人間なのか知られてないってのに。勘違いされたら終わる。


「……けど、何もされてはないな」


 特に楓のローファーに異常は見られず、とりあえずは一安心。


 死のうとするくらいのいじめをされてるんだ。この辺りからえげつないモノを見せつけられるんじゃないか、と覚悟していたが、ここはまだ安心していいらしい。よかった。


 そう思い、教室へ向かおうと踵を返した瞬間だ。


「おぉ、君。今の見てたぞ?」


「……え?」


 背後から声を掛けられ、勢いよくそっちへ振り返る。


 見れば、そこには中肉中背の特徴無きザ・普通男子が立っていた。


 それでも、瞬間的に見たもので特徴を挙げろ、と言われたならば、口元にやってる手が綺麗な奴と答えたい。


 それ以外は特に特徴らしき特徴がわからない。名前も知らない奴に突然声を掛けられた。


 何なんだ、こいつ?


「君、アレだよな? 昨日転校してきたって噂の……」


「あ、あぁ。敷和。敷和夏樹って言います」


「いや、敬語は使ってくれなくていいぜ? 同じ二年だ。クラスは違うけどな。名前は佐ケ野陸さがのりくってんだ。よろしく」


「よ、よろしく」


 いきなりの友人作りイベント来た。


 今さっきまで楓のローファー見てたのに。


「しかし、夏樹。君、今結構きわどいことしてたよな?」


「え……。き、きわどいこと……?」


 しかも、さっそく下の名前呼びか。


 結構フレンドリーな奴だな、この人。


「ああとも。女子の……それも、かの有名な小祝さんのローファーを観察するとは。なかなかの度胸を持ってる」


「有名って……」


 まあ、楓は可愛いし?


 二年の間じゃ色々噂されてんだろ。


 本人はいじめられて、それを苦にしてるのに。


「知らない? 彼女のこと。誰かから聞いてる、とか」


「え、えと、何を……? 知らないかって聞かれても、何を知らないのかまったく……」


 ぎこちなく俺が返すと、佐ケ野は腕組みし、謎に一人でうんうん頷き始めた。


 何を納得してんだ。俺は今、質問したんだが……。


「まあ、何だかんだ転校してきたばかりだもんな、君は。色々知らないことも多いんだろう。いい。さっそくだが、俺たちはもう友達同士。今日の昼、時間はあるかい?」


「え」


「あるな。たぶん、昼を共にする友達もまだ少ないはず。うん。俺と一緒に飯を食べよう。そこで色々と教えてやる。小祝さんのこと」


「え、あ、あの、俺――」


「じゃあな。楽しみにしてるぜ。親友! お前も急げよ! ホームルームが始まる!」


 ピースし、駆けていく佐ケ野。


 さっきは友達って言ってたのに、もう親友か。


 色々と段階飛ばすのが早い奴だ。


「けどなぁ……俺、昼休みは……」


 楓周りのことを一人で調査したかった。


 時間を盗られた感が凄い。


 佐ケ野、なんとなくの偏見だけど、自分のこと話すだけで、楓のことあまり話さずに昼休み終わらせそうなんだよなぁ……。


 ……まあ、そう思っても仕方ないか。


 約束してしまった。いや、約束を取り付けられてしまった。


 破るわけにもいかない。


 まだ友達少ないし、色んな奴となるべく絡んどきたいもんな。


 よし。


 気持ちを切り替え、俺はとりあえず歩き、教室を目指すのだった。

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