第6話 今日死ぬつもりだった
俺が久々に帰って来たこの町は、端的に言って自然が多い。
ただ、自然が多いって言うと、何も無いんじゃないかと思われがちだが、そういうわけでもなく、俺たちのような高校生が放課後や休日に遊ぶ場所もそこそこあるって感じだ。
だから、総合的に見て、色々とバランスの取れたいい町と言うのが一番なんだと思う。
これ以上を望むのは、さすがに欲張りだ。
そりゃ、もちろんアーティストのイベントだったりとかは行われないから、都会の方に出て行かなきゃいけないけど、俺は別にそういうのに興味はない。
楓はあったりするんだろうか。
カッコイイ歌手のイベントに行ってみたいとかいう欲求。
久しぶりに会って、見た目もだいぶ変わってたんだ。
趣味や価値観だって変わってるはず。
俺は、まだ楓のことをあまり知らない。
楓はどんなものが好きで、どんなものが嫌いになったんだろう。
気になる……。
「……? どうかしました、夏樹くん?」
「……! あ、い、いや、別に」
ハッとして、反射的に顔を逸らす。
別にってことはない。
楓の好き嫌いが気になってた。それを素直に言えばいいだけだったのに。
「まだ他に行きたいところがありますか?」
クスッと笑いながら、どこか小悪魔っぽく問うてくる楓。
今日はもう散々色んなところを回ったのに、まだ私と一緒にいたい?
そう言われてる気もして、気恥ずかしくなる。
でも、それは正直否定し切れない。
俺は首を横に振る……わけでもなく、言葉を濁し、
「それもある……けど、俺、今の楓のこと、もっと知りたい」
「今の私……ですか?」
「うん。そ、その、見た目も昔とは変わったし、内面の変化もあるから、趣味とか、嫌いなものとか、とにかく色々な価値観を知りたいっていうか……」
言いながら、チラリと楓の方へ顔を戻す俺。
その様が面白かったのか、ポカンとしてた彼女は小さく笑い、やがて控えめに頷いてくれた。
「いいですよ。全然。そのくらい、お構いなしです」
「ほ、ほんと?」
「はい。私も、夏樹くんとたくさんお話ししたいです。……今こうして優しくしてくれるの、お父さんとお母さん以外、夏樹くんだけですから」
「……え?」
今、最後の辺り楓なんて言った?
意図的か、よくはわからないが、声を小さくされ、聞き取ることができなかった。
聞き返そうと思ったが、どこか誤魔化すように彼女は俺に笑顔を向けてくれ、
「じゃあ、好きなものからお互いに言い合いましょう? 最後、あの高台に着くまで」
「あ。う、うん」
言われ、俺は頷くのだった。
●〇●〇●〇●〇●
懐かしい場所巡りの最後。
この町を一望することができる高台に着くまで、俺たちは自分の好きなもの、嫌いなものを互いに教え合った。
楓は、読書が好きで、小説も、漫画もよく読むらしい。意外だ。昔はあんなに外遊びしかしてなかった子だったのに。
その中でも、最近は小説なら恋愛小説、漫画なら少女漫画の純愛系を推してるらしく、家の本棚も結構それらでいっぱいのようだ。
恋愛系の読み物をよく読むようになったきっかけを問うと、恥ずかしいと言ってちゃんと答えてはくれなかったのだが、返答としてはシンプルなもので、憧れるから、とのこと。
あと、それらを読んでると、現実を忘れられるから、とも言ってた。
そうだろうか。
俺としては、そういう恋愛系って、読んでると現実の自分と比較して、すごく死にたくなるんだが。
やはり感じ方は人それぞれなんだろう。楓はそうらしい。
で、次に嫌いなもの。
これに関して、楓は少し答えるのに困っていた。
嫌いなものがあまりないってことかもしれない。
単純な俺は、気軽に「めちゃくちゃいいことじゃん」なんて言ってたが、楓の表情はどことなくぎこちなくて、何かを隠してるようにも思えた。
追求しかけるが、これもはぐらかされるように、俺の好き嫌いは何なのか、と質問される。
俺は深く考えることをせず、自分の話を始めた。
それで、好きなものを話し、嫌いなもの(主に友達付き合い)のことを話してる最中に、目的の場所へ辿り着く。
「おぉぉ……」
熱弁してた俺だったが、久々に見る壮大な景色に、思わず息を呑んだ。
隣にいた楓は、その俺の切り替えの早さが面白かったのか、ケラケラ笑ってた。
「夏樹くんは面白いですね。昔と全然変わってないです」
「だって、楓。見てよ。めちゃくちゃいい景色じゃん。これはヤバい。人がゴミのようだ」
「何それ(笑) 誰かのセリフですか? なんか聞いたことある」
「ああ、このセリフ主は偉大なる大佐が残したものなんだけど――って、え!? ちょっと待って!? 見て、あそこ! あそこ、あんなでかい建物あったか!? めちゃ変わってんじゃん!」
「ふふふっ。あれはショッピングモールです。ちょっと前にできたモノで、中には映画館だったり、色々な施設があるんですよ」
「え、マジ!? じゃあ、今度一緒に観に行かないか? 俺、最近気になる映画があってさ! 恋愛系のものなんだけど!」
「……はいっ。それはぜひ。夏樹くんと一緒なら、どこへでも行きたいです」
そのセリフはどことなく告白のようにも思える。
一瞬、べらべら喋ってたのを止めかけるが、そこで止まっては動揺したのがバレると思い、適当なことを俺は話し続けた。
楓は微笑み交じりに何度も相槌を打ってくれ、俺も語りに語る。
そうしてやり取りを続けてると、彼女はふと、仕切り直すかのように俺の名前を呼んだ。
「夏樹くん」と。
「今日は突然の私のお誘いに乗ってくれて、ありがとうございました。すごく、すごく楽しかったです」
「え。い、いやいや、そんな。楽しかったのは俺もだし、感謝したいのは俺もだよ。ありがとう」
「こんな幸せな時間を過ごしたの、久しぶりです」
「っ……。そ、それは言い過ぎでは?」
彼女は首を横に振る。
「言い過ぎなんかじゃないですよ。本当のことです。私、最後にまたあなたと会えてよかった」
「……え?」
「夏樹くん、私のこと、よく知りたいって言ってましたよね?」
「う、うん。それは言ったけど」
頷く俺の手をおもむろに取ってくる楓。
何か嫌な予感がした。
「私、今、すごく死にたいんです」
「……へ?」
「日常が辛くて、誰にも受け入れてもらえなくて、訳も分からずこんなことになって。だから、もう死んじゃおうと思って。最後の日を前から決めてた。それが今日だったんです」
「……か、楓……? いったい何を……?」
「なのに、それなのに、あなたは突然また私の前に現れた。まるで、私が死ぬのを止めに来たヒーローみたいに」
「っ……」
「こんなの……こんなの、ズルいです。……あなたに会ったら……私……死ねないじゃないですか……」
「楓……」
「……どうして……くれるんですか……? どうして……」
夜闇の漂う夕方の中、彼女は俺の前で涙を流した。
色々と問いたい気持ちは山々だ。
けれど、俺はそれをせず、震える楓に寄り添い、ただ強く手を握り締め、頭を撫でてあげるのだった。
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