第5話 女の子の幼馴染
かえでは、俺がこの町に住んでた小学生時代、一番仲のいい男子だった。
毎日学校帰りには日が暮れるまで遊んで、休みの日は朝から晩まで一緒にいる。そんな関係だったんだ。
それがまさか――
「か、楓……!?」
十年越しに会って、女子だと暴露されるだなんて微塵も思ってなかった。
体中の血液が沸き立ち、グルグルと頭の中がかき回されるような感覚。
衝撃と困惑で瞬きをすることを忘れ、ひたすら楓だという目の前の美少女を見つめる俺。
彼女は恥ずかしそうに、けれどもどことなく嬉しそうに頷いた。
私があの時の楓だと。
「う、嘘とか……冗談じゃないよな……? か、楓本人にドッキリ仕掛けるよう言われたただの美少女……とか」
「び、美少女……。……う、ううん。違うよ。正真正銘、楓。小祝楓」
「っ……」
バクバクと揺れる心臓のせいで呼吸が浅くなる。
俺はもう気の利いたセリフなんて言えず、ただただ「マジか」と小さい声で呟き続けてた。だってあり得ない。目の前の美少女があの楓だなんて……。
「ご、ごめん。完全に俺、楓のこと男子だと思ってた。まさか女子だとは……」
「ふふっ。いいですよ、そんなこと謝らなくても。確かにあの時の私、スカートなんて一度も履いたことがなかったし、男の子と鬼ごっことかばかりしてました。自分のことも『ぼく』って呼んでましたし」
「そ、そうだな。自分のこと『ぼく』って言ってた」
「あれは、従兄弟のお兄ちゃんの影響だったんですよ。なぜか『ぼく』って自分のことを言うのに憧れて、それで謎に使ってたんです。若気の至りですね」
クスクス笑いながら言う楓だけど、若気の至りだなんて俺たちの年齢で使うのは少なくとも正しくない気がする。
言うなれば、幼気の至りってやつか? いや、そんなことどうでもいいんだけど。
「しかし……マジかぁ……。ほんっとに信じられん……。あの楓が女の子……女の子だったなんて……」
「嫌……でしたか?」
「嫌ではないけど。でも、びっくりだったんだよ。名前聞いて違和感は覚えてたんだけどさ……女子だとは思ってなかったもんで……ほんと……」
「じゃあ、サプライズ成功というやつですかね?」
「……まあ、成功と言えば成功なのかな……?」
俺が言うと、楽しそうに楓は笑う。
その姿が本当に可愛くて、俺はもう頭の中がぐちゃぐちゃだった。
情報をまだ脳が受け入れられてない。楓イコール男子の方程式が誤りだったんだから。そこを訂正させる作業から行わないと。
「じゃあ、その、夏樹くん」
「夏樹くんってのにも慣れないな。昔はシンプルに夏樹だったじゃん。敬語口調でもあるし」
「そこは十年の間に私も女の子らしさを身に付けたんです。男の子にはどれだけ親しくてもくん付けして、丁寧に敬語で話します。ほら、こうして話すとお淑やかな感じしませんか? ふふふっ」
「その発言でお淑やか感はゼロだな」
「ええ~っ。そんな~」
「狙ってやってたとは。むしろ小悪魔感が凄い。俺以外にはやめとけよ、それ。目の前で他の男子が楓に翻弄されてる姿なんて見たくない」
「独占欲、ですか?」
「ち、違うけど……と、とにかくやらない方がいいって話だ。お前、この十年で見違えるほど可愛くなってんだから! ほんとにさ!」
ヤケクソ気味に言う俺だったが、その発言を受け、楓はやや頬を朱に染めながらニヤニヤしてた。自分が可愛いってのも理解してそうだな、これ。いや、絶対理解してるか。理解してない方がおかしいよ。
「わかりました。夏樹くんの独占欲が見れたところですけど、さっき言ってたことしていきませんか?」
「……? さっき言ってたこと?」
「懐かしいところを回る、です。昔遊んでたところとか、この町で変わっちゃったところとかも紹介したいので。暇なんですよね?」
「うん。まあ」
「でしたら、行きましょう。久しぶりに二人で一緒に」
言って、俺に手を差し出してくる楓。
「……何だ、その手は?」
「手、繋いで歩きたいです。久しぶりだから昔みたいに」
「……っ」
一瞬断りかけるも、なぜか楓の顔を見つめてると、それができなかった。
躊躇しつつ、俺は楓と手を繋ぐ。そして歩き出すのだが、どことなくさっきまでとは違い、世界が俺の中で昔に戻ったような感覚になる。
目線の高さは変わってる。
けれど、左手に伝わる温もりはあの時のままで、少し強めな握り方も全然変わってなかった。
この子は確かに楓だ。間違いない。
安堵と共に、あの時にはなかった緊張感を抱きながら、俺は彼女に手を引かれて歩くのだった。
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